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| 梅田から難波を結ぶ大阪のメインストリート「御堂筋」。 大阪の人ならずとも一度は名前を耳にしたことのあるこの道は、どのような経緯でつくられ、 どのように発展してきたのでしょうか。その歴史をたどってみましょう。 |
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関市長の「都市大改造計画」のメイン事業であった御堂筋の拡幅工事は、当時の常識から言えばありえないほどの大事業でした。拡幅以前の御堂筋は、道幅6メートル、北の淡路町から南の長堀まで約1.3キロメートルの狭く短い道でした。 |
| 拡張前の御堂筋 | |
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御堂筋の拡幅工事には、さまざまな問題点がありました。 まず、これまでに例をみないような大事業のため、工事にかかる費用は莫大。当初は国からの援助を期待していましたが、世界恐慌や関東大震災の余波を受け、国からは十分な予算が得られませんでした。さらに難問だったのが沿道に住む住民の問題です。道幅を約8倍にする工事なので、沿道の住民には立ち退いてもらわなければなりません。予算の大半は住民の立ち退き料に支払われました。 そこで、関市長が考え出したのが『受益者負担金制度』。これは、御堂筋拡幅後の沿道の商家にどれだけの利益が生まれるかを算出し、その額に応じた税金を前もって納めるというものです。これには市民も猛反発。立ち退きとともに市民の理解を得ることは困難を極めました。 しかし、関市長は御堂筋の拡幅が大阪の発展のために、どれだけ有益であるかを市民に説き続け、理解を求めました。 関係者も住民が立ち退きに同意してもらうまで、何度でも頭を下げに訪れたそうです。 |
| 立退き開始の写真 | |
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| 立退き後の写真 | |
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実際の工事にも難点は数多くありました。 |
| 地下鉄工事の写真 | |
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昭和12年5月11日。御堂筋は困難を乗り越えて開通の日を迎えます。 実に、着工より11年という長い歳月をかけての完成となりました。開通当初は、市民が「飛行場か?」と笑ったことが本当のようにのどかなでした。現在のように自動車が頻繁に行き来する時代ではなかったので、当然といえば当然なのかも知れません。電線を全て地下に配し、イチョウ並木を植えたことも、多くの人に"のどかな道"という印象を与えたようです。 シンボルとも言えるイチョウ並木は完成時に植えられたもので、淀屋橋南詰から難波までの区間に約800本があります。ちなみに梅田から淀屋橋北詰までにあるのはプラタナス並木です。 全長約4キロメートルの直線道路と開放感のある道幅、そして自然溢れる並木道が、御堂筋を世界でも類をみないほどの美しい道としています。 |
| 完成当時の御堂筋の写真 | |
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イチョウ並木とともに美しい御堂筋を演出しているのが、規律良く揃ったビルのスカイラインです。 明確な都市イメージを持って建設された御堂筋には、周辺ビルにも制限を設けていました。それが百尺(約30メートル)制限です。これはビルの高さを一律百尺に揃えるというもので、この制限により御堂筋は美しい景観を誇っていたと言えます。また、建物自体にも趣向が凝らされたものが多く、ガスビルや大丸百貨店などからは、当時の建築家たちの熱意が強く感じられます。 |
| 御堂筋ビル群歴史ある建物 | |
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道路の完成に先駆けて開通していた地下鉄。 |
| 完成当時の地下鉄 | |
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**認定書・指定所の紹介**
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![]() 戦争中の御堂筋周辺の状況 |
開通当初はのどかであった御堂筋も、交通量の増加と時代の流れによって慌ただしさを覚えてきます。 |
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商業的側面からみても御堂筋は、十分な効果を発揮します。 開通前には、受益者負担金制度で物議を醸し出しましたが、関市長の予測通りに開通後は大きな経済効果を生みだしました。当時の沿道は問屋街として繁栄しており、全国的に知られる道修町の薬種商、御堂界隈の人形問屋、船場の繊維問屋などが軒を連ねる様子からも御堂筋の栄え具合がよくわかります。 |
| 丼池問屋街 | |
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時は流れて現在。大阪は、世界に開かれた国際文化都市を目指して「大阪21世紀プロジェクト」の真っ最中です。 大阪のシンボルストリートである御堂筋も、国際的で文化性に溢れたアメニティストリートとしての道を歩み始めました。沿道をアーティスティックに飾る「御堂筋彫刻ストリート」もその一つ。大阪市と沿道企業が協力して彫刻を設置しているもので、現在は27体が飾られています。平成7年には「御堂筋沿道建築物のまちなみ誘導に関する指導要綱」が定められ、長い間百尺制限のあったビルの高さ規制が50メートルまでと緩和されました。さらにこの要綱には、御堂筋沿道のビルの壁面を後退させ、歩道を広げることなどが盛り込まれています。 御堂筋パレードも国際化を裏付ける最たる例で、毎年約1万5千人のパレード参加者と約100万人の見物客が訪れるビックイベントです。この他にも、日本三大祭りの一つ天神祭や多くの国際的ランナーも参加する大阪国際マラソンなど、大阪のみならず日本を代表する行事が、御堂筋で開催されています。 |
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