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ホーム > 知る・歴史 > 紀の川のむかし> 紀の川の歴史 紀の川流域の用水路の掘削事業


2.紀の川流域の用水路の掘削事業
 宮井と六箇井は紀の川下流の和歌山平野南岸と北岸を潤し、その起源も古く、とくに宮井は古墳時代からの用水路として古代紀伊の豪族、紀氏との関連をもっている。また、六箇井もその起源の詳細は未だ不明であるが、中世の根来寺と日前宮の水論として古い歴史をもっている。これに対し、小田井と藤崎井はともに江戸時代の18世紀初頭、紀州藩では藤崎井は二代藩主徳川光貞時代に始まり、三代綱教・五代吉宗時代を頂点として完成したものであり、小田井は吉宗時代に、なお六箇井の延長である新六箇井の前身は吉宗から六代宗直時代に延長され、それより下流は19世紀に地元の有力者中村成近・楠見信貴らによって新六箇井として完成されたものである。したがって江戸時代の紀の川流域の用水路は、吉宗時代をピークとして、主に、伊都郡学文路組の庄屋、大畑才蔵によって紀の川北岸の穀倉地帯が、従来の池掛りの早害から紀の川の水を導入する二大用水路である小田井・藤崎井の井掛りを完成することによって完結されたのである。
紀の川流域における藩内井堰
郡 名 井堰名 水掛高 現在の井堰
(  )内は受益面積
伊都 小田井 13,000石 小田統合井堰
(1,022ha)
七郷井 3,500 
那賀 藤崎井 5,800  藤崎統合井堰
(1,276ha)
荒見井 280 
段村井 650 
小倉井 3,500  岩出統合井堰
(2,648ha)
(新六箇井385ha)
名草 六箇井 13,000 
宮井 28,000 
四箇井 4,700 
那賀 佐々井 880  (貴志川流域)
諸井 950 
丸栖井 43O 
(『南紀徳川史』・近畿農政局、1979)

紀の川中流域の溜池と井堰
図

小田井・藤崎井の工事見分表(『才蔵日記』)
  日程(日数) 目的
1
宝永4(1707) 3.22−4.26(30) 中飯降井筋之分
5.13−6.6(23) 伊都新井詰
8.8−8.24(15) 小田筋道改
9.19−9.29(8) 新井御用
宝永5(1708) 9.27−11(30) 新井筋見分
11.14−11.25(11) 新井方在々
11.28−12.15(18) 新井方御用
2
宝水6(1709) 1.27−5.12(102) 伊都新井掘次
5.25−7.6(36) 新井御用
7.11−9.8(46) 小田新井
3
宝永7(1710) 2.16−5.27(95) 小田新井筋在々
宝永8(1711) 10.2−11.13(12) 那賀郡普請新見分
宝永6(1709) 10.16−11.18(22) 藤崎掛り高見分

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