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淀川は大切な交通路
明治のはじめまでは、1年間に約10万そうの船が淀川を行き来していました。昔の淀川は、船が行きかう大切な交通路。人を運ぶ三十石船や全国の産物を都市から都市へ運ぶ船、船遊びのための船などでたいへんにぎわいました。しかし、その後は鉄道や道路などが発達し、交通路としての役割もしだいに小さくなりました。
命と暮らしを支えてきた淀川
大阪市では1895年(明治28年)に初めて水道を整備し、現在でも私たちの、飲料水、洗濯水、トイレなど暮らしの中のいろいろなところで使われています。
洪水が人々を苦しめることもありました。
淀川では今までわかっているだけでも200回をこえる洪水が起こりました。淀川の治水は、およそ1,600年前につくられた茨田堤(まんだのつつみ)にはじまります。昔から堀をひらいたり、新しい川をつくったりして、洪水を防ぐ努力が続けられましたが、1885年(明治18年)には、北河内一帯が水びたしになってしまうほどの大きな洪水が起こりました。この洪水が、のちの淀川改良工事のきっかけとなりました。
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▲1953年(昭和28年) |
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▲1917年(大正6年) |
淀川の主な洪水
| 1868年(明治元) |
洪水により各地で破堤 |
| 1885年(明治18) |
台風豪雨による淀川大洪水。枚方三矢堤、伊加賀堤決壊 |
| 1896年(明治29) |
前線降雨で淀川大洪水。三矢堤、唐先外島堤、大塚外島堤決壊 |
| 1917年(大正6) |
台風による淀川大洪水。大塚堤決壊 |
| 1953年(昭和28) |
台風13号による淀川大洪水。向島堤(宇治川)決壊 |
| 1959年(昭和34) |
8月に7号台風、9月に伊勢湾台風。木津川上流大被害 |
| 1961年(昭和36) |
台風による大洪水。 |
淀川の氾濫の実績
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