やまたのおろち
八岐の大蛇
神代のむかし、スサノオノミコト という神さまがいました。
スサノオは気があらく、らんぼう者だというので、神さまの世界からおいだされ、出雲の国、ヒの川(斐伊川)のほとりにおりてきました。
スサノオが草をかきわけ川のほとりをあるいていますと、なにやら川上から流れてきます。よく見ると それは箸でした。
「うむ、川上には人がすんでいるにちがいない」
スサノオが川をさかのぼっていきますと、おもったとおり 人家がありました。家のなかでは、美しい娘をはさんで 年老いた夫婦がしくしく泣いています。スサノオはふしぎにおもってたずねました。
「これ、おまえたちは なにがそんなに悲しくて 泣いているのか」
「はい、じつは毎年、この山おくから、ヤマタノオロチがやってきては、大あばれをします。八人いた娘たちはそのつど食べられて、いまはこの末娘ひとりになってしまいました。今年もそろそろオロチがやってくる季節です。この娘もたべられてしまうのかとおもうと、悲しくて泣けてくるのです」
「それはきのどくなことだ、なんとか助けてやりたいが。いったい、そのヤマタノオロチとは、どんな怪物なのだ」
「はい、それはそれは おそろしいオロチです。目はホオズキのように赤く 一つの身に八つの尾をもっています。その身にはスギやヒノキがしげりコケまではえていて、腹は赤く血ただれてます。
しかも、その長さは八つの谷、八つの丘をまたいで、なおあまりあるほどです」
「ううむ・・・・・・」さすがのスサノオも考えこんでしまいましたが、
「よいか、それほどのオロチ、かんたんには退治できない。わたしによい考えがある、わたしのいうとおりにするのだ」
スサノオは、夫婦にオロチ退治の じゅんびを、命じました。
「オロチがやってくるところに、垣を はりめぐらせよ。垣には、八つの門をつくり、それぞれの門のなかにはタルをおき、つよい酒をいれておくのだ」
夫婦は、いわれたとおりにしました。
そしてスサノオは、オロチ退治がすめば、美しい娘を、およめさんにもらうことをやくそくしました。
しばらくしたある日のこと、
空いちめんに黒い雲がたれこめて、山おくでピカピカッといまずまがはしり ゴロゴロと雷がなりはじめました。あたりは夜のように暗くなりました。
「うむっ、そろそろやってくるな」
はげしい雨がふきつけ、地のそこからわきだすような ぶきみなひびきが、八つの谷、八つの丘をゆるがせながら山からおりてきます。
「さあ こいっ、ヤマタノオロチ」
スサノオは身がまえました。
するどいキバをむきだし、八つのかま首をくねらせながら、ヤマタノオロチは、どんどんと 近づいてきました。
しかし、そこには、がっしりと垣がはりめぐらされています。
オロチは、八つの門をくぐりぬけ、八つのタルをみつけると、八つの首をタルにつっこんできました。
そして、その身をのたうちまわらせながら、がぶがぶと酒をのみました。
あれくるっていた さしものオロチも、そのうちに酔ってきます。
しだいに 動きがにぶくなって、とうとう寝てしまいました。
「いまだっ」
スサノオは、つるぎをぬくと オロチにとびかかり、ずたずたに切りさきました。オロチは断末魔のさけびをあげながら、死にました。
さいごに尾を切りつけたとき、尾のなかから みごとなつるぎがでてきました。
こうしてオロチは退治されましたが、
斐伊川の流れは、切られたオロチの血で真っ赤にそまりました。
助けられた娘の名はクシナダヒメといいました。
スサノオノミコトはクシナダヒメと結婚し、出雲地方の王になって「くに」をおさめました。
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このお話は、古事記や日本書紀にでてくる神話です。
ヤマタノオロチが川だったなんて、いったい どういうことでしょう。
まず、川全体のすがたを見てみましょう。
上流で分かれる支流が尾。一本になって、くねくね流れる部分が胴体、そして、デルタで分かれる派川が首、と考えると、ヤマタノオロチそっくりです。
ヤマタノオロチだといわれる斐伊川の現在の長さは153km。
鳥取県東部、船通山から流れでると、いくつもの支流をあつめながら、杉など木々のおいしげる深い谷間をぬけ、出雲平野をつらぬき、宍道湖にそそいでいます(1639年以前は日本海にそそいでいました)。
川の上流部は、砂鉄の産地です。昔から、ここの砂鉄は「たたら製錬」といって、日本刀の材料にもなっていました。砂を流し砂鉄を沈殿させてとるカンナ流しによって、川床が砂鉄をふくんだ砂で赤さびた色になります。
切られたヤマタノオロチの尾からツルギがでてきたり、その血で川が赤くそまったり。まさに、斐伊川はオロチそのものです。
美しい姫の名は、クシナダヒメ。漢字にすると、奇稲田姫(日本書紀)と書きます。つまり姫とは田のことでした。
斐伊川の洪水が毎年のようにおこり、たんせいこめて育ててきた稲田を流し去っていたのでした。
そこで、スサノオノミコトは策をたてました。
まず垣をめぐらせました。これは堤防だと考えられています。
八つの門はセキ、八つのタルはため池で、洪水(ヤマタノオロチ)をここにみちびいて、勢いをやわらげたのだと考えられています。
切りさいた尾からツルギがでてきましたが、川の上流で刀の材料になる砂鉄がとれることを考えると、なるほどとうなずけます。
さて、スサノオノミコトはクシナダヒメと結婚します。
これは、治水に成功し、地域の人々の尊敬をあつめ、この地を治めるようになったことを意味しているのでしょう。
水害に痛めつけられながらも、洪水と戦い、土地を守ってきた古代の人々のすがたが、かんじとれるお話でした。
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