九頭竜川流域誌


7.5 動物

(1) 中一里のカッパ(武生市)
 広瀬から坂口へ行く道の途中に中一里というところがあった。幅が4尺(130cm)ほどの細い道の両側は山で、道の下方には吉野瀬川が流れ、そこにはカッパが住んでいた。このカッパは、道を通る人を川の中に引きずり込み、悪さをするので一人でこの道を通らなかった。
 ある時、町から坂口へ帰る一人の村人が通りかかると、カッパが出てきて太い縄でぐるぐる巻きにして、吉野瀬川の方へ引っ張っていった。村人は、縄を川の畔に生えていた大きなケヤキにくくりつけた。カッパはかまわず川の中へ飛び込み、力いっぱい縄を引っ張った。ところが、大きな木がもののみごとに倒れてカッパを押しつぶしてしまった。それからは、この道を安心して通れるようになったという。
(2) 黒金渕(池田町)
 黒金渕は、池田町野尻の東、大洞山(標高949m)のやや南寄りに位置している。昔は大きな池であったと伝えられていて、現在でも豪雨のときには広い範囲に雨水が溜まり、地面が柔らかくなる。この池は大蛇が棲む池として、付近の住民からは極度に恐れられていた。
 昔、野尻の集落からこの池までの中間にあたる所には、窓安寺(天台宗、天文2年(1533)に府中(武生市)に移転)と諏訪神社が存在していた。あるとき、黒金渕が決壊して、これらの寺社を流失させたため、それ以来この池は涸池となったが、その名前のみ残っている。
 この黒金渕は、大蛇を池に封じ込める手段として、池畔に大蛇の嫌いな黒金といわれる鍋釜、鍬や鎌類を埋めたから名付けられたと伝えられている。しかし、池の決壊とともに大蛇は逃げてしまったといわれている。
 よく似た話としては、大野市上小池にある刈込池でも、泰澄大師が白山登拝の折りに路辺にいた蛇を捕らえて、この池に封じ込めて出られないように三の峰の岩峰に剣を突き立て祈ったという話が伝えられている。突き立てられた剣は、池の面に影が映り、蛇を封じ込めるのによい働きをした。それからは、この岩を剣ヶ岩というようになったと伝えられている。(※池田町史 p.10〜11)


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