九頭竜川流域誌


2.2 勝山大用水

 勝山大用水は、立合用水とも呼ばれ、大渡村(旧平泉寺村)で九頭竜川から取水して、若猪野村・上高島村・北市村・下毛屋村・下高島村・畦川村の6ヵ村および勝山町が共同利用していた用水で、江戸時代の享保初年(1720年頃)に造られた。用水の主目的は灌漑用水であったが、町方では飲料や防火用水などに利用していた。ところが、大渡村の取水口から勝山町まで距離が長く、漏水量が多く用水路の維持とともに、渇水のときの水量維持に困難を極めた。また、九頭竜川の洪水の都度、取水口が破損するなど、維持に要する出費が大きかった。必要経費は、一般には町方で2/3、6ヵ村で1/3を負担していたようである。
  大用水は、勝山藩が女神川の水利権と引き替えに九頭竜川より取水するようになり、郡上青山藩領内を通水して勝山町へ導水するために築造したものである伝えられている。その後、明治中期にも改修されたものの、老朽化による水量維持の困難さからくる水量不足、農地拡大などから改築の要望が地元などから、しばしば出されていた。
  昭和26年(1951)8月の勝山中学・高校の大火災が契機となり、大用水の改修計画がさけばれ、勝山町・平泉寺村・村岡村の首長が集まり、新大用水建設計画について協議した。計画は大渡にある取水口位置を変えず、取り入れ後直ちに既存用水路から東方山側に約1km移設し、七里壁の法尻に断面拡張した用水路を新設し、長山公園上位部まで導水して、浄土寺川へ排水するものである。これにより、山側棚田の浅耕土地域の灌漑と合わせて、勝山町の中心部の防火と水路浄化を図ることができるようになるというものである。
  工事は、昭和27年度より県営小規模灌漑排水事業として着工し、昭和32年(1957)3月に完成した。新設された幹線用水路延長は約4.7km、受益面積約580町歩(575ha)である。その後、昭和58年(1983)度から平成7年(1995)度にかけて、新旧両方の大用水の水路補修が続けられた。


壁倉発電所放水口下流にある取水口 七里壁に沿って流れる旧大用水
壁倉発電所放水口下流にある取水口 七里壁に沿って流れる旧大用水

図3.3.6新旧の大用水路と灌漑区域
図.3.3.6 新旧の大用水路と灌漑区域

新旧の大用水分岐点 河岸段丘に沿って流れる新大用水
新旧の大用水路分岐点 河岸段丘に沿って流れる新大用水


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