東はりま加古川水の新百景

冊子番号100


たいしいわ
太子岩
■河川名
加古川
■所在地
加古川市 神野町
■参考文献 産経新聞<H8.12.15>
「兵庫のふるさと散歩 東播編」兵庫県
市提供資料(加古川の流れ、五ヶ井来由記、
五ヶ井土地改良区誌)


写真



川、水との関わり(アピールポイント、その他)
歴史上の言い伝えのある旧跡。




JR加古川線「神野」下車東へ約1km
神姫バス「中西条」下車
概要
「太子岩」は、聖徳太子が鶴林寺領の水利を進めるための基準にしたと伝えられる岩です。「加古川大堰」の近くに残り、加古川本流と草谷川の合流部にあります。
言い伝えでは、飛鳥時代に聖徳太子が加古川東岸の下流一帯に田地200町歩をつくろうとした時、潅漑用水を引くために太子ゆかりの3地点(鶴林寺の堂塔、上ミ・下モの太子岩)を基準として結び、上流には堰を、下流には五ヶ井溝を掘り進めたとあります。
この堰は、下流の五つの地域に水をもたらしたことから「五ケ井堰」と呼ばれ、現在の加古川大堰が完成する平成元年(1989)まで下流域を潤し続けていました。
現在、神野町西条の地先にある赤い大きな「上ミの太子岩」を、一般には太子岩と呼んでいます。また、日岡神社近くの大野の地先の下モの太子岩は井溝の中にあります。
こうした由来はもちろん、実際の経緯も地元でも知る人が少なくなり、これを後世に伝えることを目的に、平成8年(1996)には場所を示す銘板と説明板が設けられました。


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