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川、水との関わり(アピールポイント、その他)
加古川の筏運送の要所跡。
JR加古川線「本黒田」下車徒歩5分
中国自動車道「滝野社」ICから国道175号北へ30分 |
概要
黒田庄町黒田の新中橋東岸付近は、その昔は「筏場」と呼ばれていました。上流の船町にある三ヶ村井堰の小苗の河原で、井堰を越えるために縄を解いた筏を再び組み直して流したところと伝えられています。
加古川の筏は、江戸時代の頃から舟運とともに盛んになったもので、氷上郡の佐治川・篠山川、多可郡の杉原川の上流より木材や竹を藤蔓(つる)で縛って組み、本流まで下ろしていました。筏は滝野と船町の筏座が管理をしていたそうです。船町の筏座は佐治川・杉原川と滝野までの本流の筏を支配し、通行税として五分一銀を徴収していたとのことです。
この筏は、大正時代の終わり頃までは川を下っていたといわれています。 |