東はりま加古川水の新百景

冊子番号120


いまざとでんべえひ
今里伝兵衛碑
■河川名
加古川
■所在地
播磨町 播磨町古宮、 加古川市野口町
■参考文献 「兵庫のふるさと散歩 東播編」兵庫県
町提供資料
「今里傅兵衛と新井の歴史」
新井水利組合連合会


写真



川、水との関わり(アピールポイント、その他)
加古川の利水開発にかかわった重要人物の記念碑。




山陽電鉄本線「播磨町」南東800m
神姫バス「大和紡績前」下車300m
概要
この碑は、明暦2年(1656)新井水路を開削し、近隣24ヶ村を干ばつ飢饉から救った古宮組大庄屋であった今里伝兵衛の顕彰碑です。昭和3年(1928)、従五位が追贈されたのを記念して、播磨町の中央公民館横に建てられました。
承応3年(1654)の大干ばつは、種籾もなくなるというひどさでした。度重なる干ばつに心を痛めていた伝兵衛は、関係する23カ村の庄屋を集めて、加古川の五ケ井堰から分水路を古宮村の大池まで開削する計画を示しました。みなの同意を得てすぐに藩主に水路開発を願い出、明暦元年(1655)に工事着手、翌年に完成の運びとなりました。それにより、この水路は600haの田畑を潤すようになったばかりでなく、ため池8つが不要となり、そこに6haの田が新しく開かれました。この水路は隣の五ヶ井水道に対して、同じように五ヶ井堰から取水して開かれたので「新井水道」と名付けられました。
なお、この記念碑の他に、享保5年(1720)、加古川市野口町の大歳大明神の境内に伝兵衛の記念碑が、また昭和25〜35年(1950〜1960)の新井改修の際、播磨町野添の播磨中学校庭に新井水路改修記念碑が建てられました。これらは現在、新井ゆかりの大池の地(播磨南中学校)に移築されています。


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