東はりま加古川水の新百景

冊子番号2


たこうふなざあと
田高船座跡
■河川名
加古川
■所在地
黒田庄町 船町
■参考文献 「加古川舟運の研究」
加古川流域滝野歴史民俗資料館
著者/吉田 省三
発行/藤崎 正弘
町提供資料(黒田庄町史)


写真



川、水との関わり(アピールポイント、その他)
加古川舟運繁栄時の船座跡。




JR加古川線「船町口」下車徒歩15分
中国自動車道「滝野社」ICから国道175号北へ30分
概要
「田高船座」は、篠山川と本郷川の合流点のすぐ下にある三ケ村井堰の上流側の船町河岸に置かれ、田高川(滝野以北の加古川)の舟運の基地でした。
“船座”は加古川を上下する高瀬舟を取り締まったもので、高瀬舟を規制し、五分一銀という通行税を徴収するために置かれた役所です。“船座”には見張り番の常駐する御番詰め所や会所、船座御高札等が設置されていました。
船座は記録上では、慶長11年(1606)に氷上郡本郷から滝野を経由して、高砂湊(港)までの開削が完工した時に設置されたといいます。田高船座の権限は、丹波国氷上郡本郷村から滝野まで約30kmを上下する高瀬舟の支配で、舟運開発に功のあった西村家が座元として寛文5年(1665)まで支配しました。西村家の没落後は商人達による入札請負制となり、明治2年(1869)に廃止されています。
現在は三ヶ村井堰の大改修とともに船座所在当時の面影は消えてしまっていますが、蔵元などの地名が残っています。


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