東はりま加古川水の新百景

冊子番号90


かめのいせき
亀井堰
■河川名
加古川
■所在地
三木市 別所町正法寺
■参考文献 「東播用水事業誌」近畿農政局
編集・発行/東播用水農業水利事業所
サンスイコンサルト株式会社


写真



川、水との関わり(アピールポイント、その他)
加古川の利水の歴史が刻まれた井堰。




山陽自動車道「三木小野」ICから車で10分
概要
「亀井堰」は、美嚢川の下流加古川合流口の直上流に位置し、文化13年(1816)頃、当時の国包村及び船町村・宗佐村の畑地の潅漑用水を取水し、水田化するために作られた井堰です。堰の構造が割石を亀の背状に丸く積立していることから、「亀の井」と呼ばれるようになったといいます。
嘉永7年(1854)の「亀堰之碑」によると、『往昔滝野川(加古川の別称)は国包の東にあったが、嘉禄年間(1225〜26)に決壊して西側に移り、国包の田地は砂礫で埋まった』とあり、洪水によって流路が変わり集落が二分され東西に隔てられたようです。
また、国包村は度重なる加古川の氾濫だけでなく、5日も日照りが続くとツルベで朝夕灌漑せねばならなかったため、他村から国包に嫁入りすることを嫌われたと言います。この窮状を救うため、畑平左衛門(平六)が美嚢川に“井堰”を設け導水する計画を提唱、文化13年(1816)に完成させたのがこの井堰です。
なお、現在では取水の安定と合理化をはかるため、近代式頭首工に改修されています。


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