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菅原道真公
菅原道真公とは/学者、政治家として才をふるった道真公
菅原道真公は845年に京都で生まれ、5歳で和歌を詠み、33歳で学者として最高の文章博士に就任するなど優れた学者でした。政治家としても秀で、右大臣にまでのぼりつめました。しかし道真公の存在を疎んじた左大臣・藤原時平の政略によって無実の罪にきせられ、九州・大宰府に左遷。59歳で生涯を終えました。それから約20年後にようやく無実の罪は晴れ、道真公を慕う人たちによって学問の神様としてまつられることになりました。 菅原道真公
【写真提供】太宰府天満宮
菅原道真公がたどった道/山陽道には大宰府へ向かった道真公の足跡が点在
大宰府に向かう菅原道真公は、京都を出発して淀川を尼崎の大物で下り、船で海を西へ向かいました。しかし兵庫の津(現・和田岬)で大しけにあい、須磨で上陸。このとき道真公が休んだ地に建てられたのが、山陽道(現・国道2号)沿いにある網敷天満宮です。JR塩屋駅の東には明石の駅屋の駅長が道真公を出迎えた菅公橋があり、駅屋のあった明石市大蔵天神町の天神社(別名:休天神)には、道真公が腰掛けた石がまつられています。
管公橋(写真)
菅公橋
菅公旅次遺跡(写真)
菅公旅次遺跡(左)
【写真提供】ラジオ大阪