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兵庫の道 いま
国道2号・国道43号
みちから車の通れる地域の生活道路へ発展
明治になると、それまで許可されていなかった馬車、人力車が道を走るようになります。さまざまな街道は「国道」「県道」「府道」になり、西国街道の本街道は国道2号に、浜街道は国道43号として車の通 れる道路に整備され、現在も重要な幹線道路として発展しています。
 国道2号の歩み
大正から昭和初期の改良工事

大正年間に改良工事および、電車軌道設置のための拡幅工事を実施。昭和初期には大阪市福島〜神戸間の整備が完成。

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廃止となった阪神電鉄国道線
(昭和58年)
昭和33年一次改築完了

戦争中に一時中止されていた神戸以西の区間の改良・舗装工事を昭和21年に再開。昭和33年に全線の一次改築を完了。

 
昭和30年代半ばから二次改築実施

昭和30年代半ば以降、増加する交通量に対応するため、加古川バイパス、神戸浜手バイパスなどの改築事業を実施、随時供用。近年も各地で現道拡幅、バイパス事業を実施中。

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神戸浜手バイパス橋桁撤去状況
平成10年神戸西バイパス1期区間完成

平成6年、明石海峡大橋の関連事業として神戸西バイパス工事に着手。垂水ジャンクション〜永井谷ジャンクション間は、平成10年4月、明石海峡大橋の開通 とともに供用。

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完成した垂水ジャンクション
 国道43号の歩み
昭和32年起工式

昭和32年10月、国の直轄道路事業として施工告示され、昭和32年11月甲子園球場における起工式とともに本格的な工事がスタート。

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甲子園球場での起工式
昭和38年橋梁工事

尼崎、西宮、芦屋、神戸の各市域で橋梁区間の工事に着手。漸次工事区間を広げ、昭和38年、着工からわずか5年余りで供用。実質上、大阪〜神戸間の連結を実現。

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昭和35年コンクリート舗装打設中
(西宮地区)
昭和44年橋梁下部工事

工事の重点を大阪市域に移し、橋梁建設を目指す。辰巳橋、新伝法大橋、中島出来島橋を漸次完成し、昭和44年、起点側の3.8kmを除き、全線が完成。

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昭和38年新伝法大橋の基礎井筒下部工事着手
昭和45年阪神高速と直結

昭和42年、港区市岡元町の安治川大橋の南側から西成区津守に至る区間に着手。昭和45年3月に完成し、阪神高速のネットと直結し、臨海部の幹線道路としての機能が向上。

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昭和45年完成した木津川橋
平成4年完成

起点側の残区間、西成・難波地区の工事に昭和59年着手、平成元年9月完了。当初から構想のあった大和田交差点の改良にも昭和61年に着手し、平成4年に完成。

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昭和41年西淀川上空より見た大和田地区