技術研究紹介

伝統的建築物の保存修理

 昨今、一般市民の緑に対する意識は高く、建設工事においても生態系の維持や景観保全に考慮する必要がある。
 今回の樹木移植地は、市内の中心にある都市公園で、豊かな自然を保全している場所である。移植に際しては、
(1)公園内の生態系を形成する樹木で営巣の可能性もあり、現形状を維持しなければならない、
(2)移植対象樹木は樹齢約200年を刻むであろうと思われる老木であるので移植は慎重に行う必要がある、という2つの問題を解決する必要があった。
 それらの問題を克服するため3年前より準備を進め、研究機関の有識者及び工車関係者と協議・検討を行い、最も確実性の高い工法により移植を行った。
 本論では、養生された樹木をジヤッキアップし、ソリ・レールにより約15m横曳きした。


移植樹木について

移植を行ったエノキ(エノキ属落葉高木)である。


移植工法について
1
 移植工事にあたり、約3年前という早い時期より移植対象樹木の樹勢や根の状態を調査し、研究機関の有識者とともに施工方法;樹木に最適なタイムスケジュール・根廻し方法・移植方法を検討した。

2
 従来、根廻しは移植1年前に全周の環状剥皮を行ってきたが、本工事では樹木への負担を考慮し、環状剥皮を移植3年前の平成9年と11年の2回に分けて実施した。全周の1/4を対角線上に実施することによって十分な発根を促し、急な遮水による樹木の負担を軽減した。また、環状剥皮部分は完熟バーク堆肥で埋め戻して早期の発根を促し、その外周部にビニールシートを施工することによって、樹木をいわゆるポット苗状態にし、細根が根鉢周辺に密着した鉢の形成を目指した。


環状剥皮手法図
図1 環状剥皮手法図

3
 移植工事の工法については、前述した通り(1)景観や生態系に影響を及ぼさないよう、現形状を維持(2)活着の確実性が高い(3)樹木に自重による負担をかけない、以上の3点を考慮した。また、下記の大型樹木移植方法選定の条件を検討し、工法を決定した。

● 樹木の規格形状
● 根鉢の状況、土質等
● 樹木の総重量
● 移植の距離
● 樹木周辺の環境
 (重機械の稼働可能)

 検討の結果、移植工法にはジャッキアップを行いソリ・レールを使用した『立曳き工法』(図-2参照)を採用した。
 立曳き工法は、古くから建造物や重量物の移動方法として用いられ、造園においても移植に伴う移動方法として用いられているが、これ程の大径木の現状を維持した移植は、他に類をみないと思われる。
 本工事の立曳き工法では根鉢を鋼鉄製アングル(300mm・350mm)で固定し、油圧ジヤッキを使用して軌道レールを設置し、ソリ・鉄ゴロに樹木を乗せ、スライドジャッキにて横曳きを行った。
 従来木材を使用していたものに改良を加え、安全性にも十分配慮した施工としている。


条件項目/樹木名 エノキ1 エノキ2
樹木の形状 樹高 22.00m
幹周 3.61m
枝張 24.50m
根本周り 4.28m
樹高 25.50m
幹周 3.06m
枝張 21.20m
根本周り 3.62m
根鉢形状 根鉢高 2.04m
ベイ尻高 0.70m
根鉢径 5.85m
根鉢高 1.80m
ベイ尻高 0.70m
根鉢径 4.85m
発根状況 良好 良好
樹木剪定 枯枝の剪定程度
(樹形は現状維持)
枯枝の剪定程度
(樹形は現状維持)
土質 GL-400 埴質壌土
GL-2000 レキ混壌土
GL-2740 レキ混砂土
GL-400 埴質壌土
GL-2000 レキ混壌土
GL-2500 レキ混砂土
樹木総重量 樹木重量 117.97t
部材重量 12.50t
総重量  130.47t
樹木重量 60.71t
部材重量 12.50t
総重量  73.21t
移動距離 約15.0m 約15.0m
工法の選定 立ち曳き工法 立ち曳き工法
荷上げ ジャッキアップ工法
(クレーン重機搬入不要)
ジャッキアップ工法
(クレーン重機搬入不要)
移動方法 ソリ・レール使用により横曳き ソリ・レール使用により横曳き
仮設備 土留め支保他 土留め支保他
立曳き工法
図2 立曳き工法


立曳き工法による移植施工
 移植工事は以下の手順に従い施工した。
【準備工】
重機進入路・走路整備。既存樹木枝吊り及び覆鋼板設置。土留支保工。
【 樹木養生】
枯れ枝の剪定を行うが樹形は現状維持とする主幹枝の養生(樹皮欠損防止)、倒木防止用支柱設置。

(1) 根鉢周辺掘削
環状剥皮作業時に作成した根茎模式図に基づき、根の位置を明確にし掘削する。この時、バーク部を崩さないよう注意する。根の切ロ部は、チオファネートメチルペースト剤にて処理する。
(2) 下巻・コモ付け
鉢外周に菰仕けを行い、素縄4本取りにて樽巻きを行なう。
(3) ベイ尻仕上げ
臍を残し人力にて鉢底部を削り取る。
(4) 根巻き
素縄4本取りにて、四ッ掛け根巻きを行なう。縄掛けは、叩き道具にて十二分に締め、カゴメ掛け仕上げとする。
(5) 根鉢の養生
根鉢が弱い場合は、ワイヤーモッコにて鉢底を固定する。根鉢外周に養生用板を取り付ける。
(6) 根鉢固定
腰板及びカンザシを入れ根鉢の固定を行い、隙間にカスガイを打込む。カンザシ同士をレバーブロックにて締める。補強H鋼にて根鉢上部、腰板(H鋼)とカンザシ(H鋼)を溶接後、万力にて全体を固定する。腰板・カンザシの交点(4点)をジャッキアップするので重量バランスに注意する。
(7) 臍抜き
(8) 立曳き
上記作業と平行に曳き出しルートの掘削及び植栽位置の準備を行う。完全に根鉢が分離された後に、腰板・カンザシの交点(4点)に油圧ジヤッキを設置し、ジャッキアップを行う。根鉢底より、枕木→軌道レール→鉄ゴロ→ソリを設置しジヤッキダウンする。樹木後部ソリの2点にスライドジヤッキを設置し、1ストローク80cmで曳き出す。
(9) 機材資材の撤去
移植地に到着した樹木は再度ジャッキアップを行い、根鉢底作上(客土)を施工しジャッキダウンする。作土の上に定着した樹木は、速やかに機材・資材の撤去を行い支柱、埋戻、水極めの作業を行う。
(10)埋め戻し完了
曳出しルートは転圧機械にて十分に締め固める。根鉢菰は、取り外し周辺の埋戻士に容積比20%分の完熟バークにて土壌改良を行い埋め戻す。根鉢の大きさにて水鉢を整形し、鉢底までいき渡るよう十分に水極めを行ない、水鉢内部にはマルチバーグにてマルチングを施す。


今後の管理方針
1)根鉢が乾燥する前に、鉢底に水がまわるように十分に繰り返し灌水する。灌水には液肥を混入し、夏期も同様に液肥を混入するが、通常使用量の10倍程度薄める。
2)剪定は樹木に負荷を与えないよう枯枝剪定程度とする。
3)移植後の支柱は約10年必要である。風に適度に反応し、根に刺激を与え発根を助長するような支柱とする。
4)根鉢周辺に踏圧防止のため人止め柵を設置する。


結論
1)移植の3年前という早い段階からの有識者及び工事関係者との協議・検討により、樹木への負荷を最小限にした最善の工法を実施できた。
2)根廻しにあたっては、環状剥皮を2回に分けて実施することにより、樹木への負担を軽減できた。発根状態は根鉢外周全体に緻密に張り巡らされるほど良好で、平成11年11月に実施した発根状況調査においても平均伸張量が50〜60mm、長いもので70mm程度が確認でき、移植に十分耐え得る鉢を形成することができた。
3)根鉢を鋼鉄製アングルで固定し、そのアングルをジャッキアップしレール上を移動させる立曳き工法により、約120tの全重量を根鉢底部で平均に受け、樹木への負荷を抑えることができ、根鉢の崩壊を防止できた。また、油圧ジャッキを使用し、スライドジャッキで押し出す工法により、急激な移動による傷みを防ぐことができた。
4)従来の移植工法では強剪定を行う必要があったが、立曳き工法の採用により、樹形を維持した形で移植を実施できた。
5)現時点では移植樹木の発芽状況から活着状況は良好と言える。