技術研究紹介

伝統的建築物の保存修理

拾翠亭
九条池より眺める拾翠亭
 京都御苑の南の一角に建つ拾翠亭(しゅうすいてい)は今から約200年前の江戸後期に建てられたものである。当時は五攝家(ごせっけ)のひとつである九条家の別邸として使われていたもので、九条池の畔に建つ庭園建築でもある。
 現在では御苑内に残る数少ない公家建築のひとつで、江戸時代の数寄屋風書院造りを現在に伝える貴重な文化遺産である。
 京都営繕事務所では、平成12年9月から 約10ヶ月間の工期で、この拾翠亭の保存修理工事を行った。修理工事は、建築当時の職人の心を伝えるべく多くの伝統技術を駆使して慎重に行われた。これらの伝統技術は、通常の工事ではほとんど見ることのできないものばかりで、その繊細で巧みな技に大きな感銘を受けた。
 本研究では、これらの伝統的な建築技法・工法を紹介するとともに、伝統技術の現状と今後について一考察を試みるものである。


拾翠亭保存修理工事の概要

九条池に面する広縁


2階の広間(11畳半)
保存修理工事に至る経緯
 拾翠亭は、建築以来数回に渡って修繕が行われており、現存する建物は創建当時から比べると規模が縮小されている。しかし、近年になってからは、大きな修理が行われておらず、屋根の老朽化と床下の浸水により、柱・梁の一部が腐朽し建物全体にゆがみが発生し、危険な状態となったために大規模修理を行うこととなったものである。

保存修理工事の基本的考え方
 拾翠亭は江戸後期の公家の暮らしを知る数少ない現存する建築物である。この貴重な建物と当時の建築職人の心を将来に伝えるため、伝統技術を用い、当初から使用されていた材料をできる限り利用し、当時の状態を極力改変しないことを心がけた。

拾翠亭の主な保存修理工事
 この保存修理工事では当時の建築職人のこころを伝承するために様々な伝統技術が使われた。そのどれもが、日本の文化=木の文化の奥深さを感じさせる職人技ばかりである。その中で、今回は大工職人の技、左官職人の技、柿葺(こけらぶき)職人の技の一部を紹介する。

◆大工職人の技◆
〜柱の補修〜
 この工事で活躍したのは数寄屋大工である。数寄屋大工の技は、本来茶室などの面皮柱(四隅に丸みを残した柱)の加工に代表されるように、自然のままの材料を自在に組み合わせるなど非常に繊細で緻密な加工技術にある。  この工事では、こうした部分は現状のままに保存しているが、以下に示す根継ぎの仕事にその一端が現れている。


丸柱を複雑な継手で補強する数寄屋大工の伝統の技
 

上塗り壁のこそげ落とし

散り補修作業と木舞下地
【柱の根継ぎ補修】
 床下浸水により柱の根本が腐朽していたため、傷んだ部分のみを取り除き新しい部材で補う根継ぎ加工を行った。複雑な継手を床下の狭い空間で正確に加工する技術はまさに職人技である。また、根継ぎを行うまでもないものは、腐朽部分に矧木(はぎき)補修を行い、鉛板を柱の下に挿入して高さ調整を行った。全体を通してこのように“材料を大切にするこころ”が生き続けている。

◆左官職人の技◆
〜聚楽壁(じゅらくかべ)の補修〜
 小舞竹(こまいだけ)を編んでその上に練った土を塗り重ねていく土塗り壁も最近では見ることが少なくなった。拾翠亭の壁は、全体が聚楽壁である。聚楽壁の補修では、基本的に上塗りの部分のみをこそげ落とし、こそげ落とした土(大阪土と呼ばれる大阪四天王寺あたりで産出されたといわれる薄紅色の上品な色の土)は、新土を補足の上、再度練り直して上塗り材として使用した。ここでも、伝統の“ものを大切にするこころ”が受け継がれている。  また、壁と柱の取り合い部分には髭子打ち(釘に麻の緒をくくりつけたものを約5cm間隔で壁四周の木部に打ちつける)を行い、土壁と柱、梁などとの間に隙間ができないよう工夫がされており、伝統の技の繊細な心配りが感じられる。

柿板
元来は木削り板の意で、斧や釿で削られた細かい木片をいう。転じて通常はこけら板の一種をいう。材は杉・さわら・檜など。手剥ぎと機械剥ぎとがあるが、手剥ぎは上等品「木羽板、俗に「とんとん」ともいう。」 (建築大辞典より抜粋)

柔らかい曲線を描き出す柿葺
◆屋根職人の技◆
〜柿葺(こけらぶき)の葺き替え〜
  柿葺は、杉や椹(さわら)など耐水性に優れた材を薄く剥いだものを少しずつ重ねて葺き上げるものであり、曲線の多い複雑な屋根にも適し、防水性能があるだけでなく、すばらしい簡素美をも生み出すものである。
 また、柿の語源から解るように、当時は木材の切れ端を屋根葺材に用いたと考えられ、ここでも先人の“ものを大切にするこころ”を感じる。更には、柿板の製造は、機械の発達した現在でも職人の手によって一枚ずつ剥ぐことによって造られており、木材の繊維を傷つけないで材料を長持ちさせるという、かたくななまでの“木(自然)に対するいたわりのこころ”が感じられる。
 拾翠亭の屋根は瓦葺と柿葺が組み合わされている。柿葺屋根面は、老朽化がかなり進行しており、全面的に葺き替えを行った。拾翠亭の柿葺は木曽山中から伐採してきた椹を長さ30cm、幅7.5cm以上、厚さ3.6mmの大きさに手剥ぎし、その板を一枚一枚,真竹から作られた竹釘によって野地板に打ち付けている。
 近年、銅が柿板の寿命を延ばすという説があり、多くの工事で銅板が葺き込まれている。また、拾翠亭の改修前の様子からも避雷針導体(銅)のある所は腐食が少なかったことから、今回の葺き替えにおいても10段毎に板と板の間に銅板を挟み込んだ。


柿葺の現状と問題点
 以上のように、この工事を通じて日頃の建築工事では経験できない様々な日本の伝統的建築技術に接することができた。木工事、左官工事、屋根工事等そのどれもが日本のこころを伝えるすばらしいものばかりである。しかし、これらの伝統的建築技術が利用される機会が少なくなっているのも現実である。  今回は、様々な伝統技術の中から、柿葺を取り上げ、この技術・業界の現状について、アンケート等により調査を行った。アンケートは、現在全国の柿葺、檜皮葺(ひわだぶき)のほとんどを施工している「全国社寺等屋根工事技術保存会」の会員35社(者)に協力を頂いた。

柿葺技術の現状と問題点
◆柿葺の耐用年数◆
 柿葺の耐用年数について、アンケートに回答いただいた17社の内、約6割が25〜30年と回答されている。全体としては、15年〜30年以上とかなりの幅があるが、これは「環境による」「場所による」「気候による」等の条件が付いており、様々な条件に左右されることが解る。


◆銅板の効果◆
 今回の工事でも行ったように、銅板を葺き込むことにより柿葺の寿命を延ばすことができるという考え方があり、このことについてのアンケート調査では、否定する意見よりは賛成する意見の方が多いものの、未回答も多数あり、一概に銅板を葺き込むことが良いとは言い難い状況が伺える。
 銅板を葺き込むことに対する反対意見としては「自然のままが良い」「伝統文化に合わない」等、ポリシーの問題を上げておられ、伝統技術に対する熱い思い入れが感じられる。
 耐久性を延ばすには?との質問に対しては「銅板を差し込む」「板厚を厚くする」が一番多く、続いて「杉赤身材を使用」「良質材を使用」等、材料そのものに対する対策が必要であることも伺える。

◆実態調査に見る柿葺の現状◆
 アンケート結果に基づき、耐用年数を左右していると考えられる条件による影響を見るため、京都・奈良・滋賀の柿葺の建物のうち、21件の実態調査を行った。調査では、改めて柿葺の美しさとやさしさに感動したと同時に、以下のような状況が見られた。


傷みの少ない東面(銅板無)

苔の生えた北面(銅板無)
(1)方角・障害物による違い一般的に北面の傷み方がひどい。拾翠亭の改修前の様子からもわかるように、日射量の少ない北面や、周辺に障害物があり日陰になっているところは、苔が生えやすい環境にあり、苔によって湿潤状態になることで柿板を傷めている。このことは柿葺の屋根に限らず、檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)等、植物性の屋根全般に言えることであろう。
(2)銅板を入れることによる効果銅板を葺き込むことによる効果は、顕著に見られた。環境による違いもあるだろうが、全体的に銅板が葺き込まれているものは葺き込まれていないものに比べ、苔の発生量が少ないように見受けられた。

日射しが弱い為傷みが少ない北面

日射しにより銅板が剥がれた南面
 しかし、銅板は直射日光が強い南面には、問題がある。アンケートの回答に「銅板の両端は必ず2カ所打止める」や「銅板が太陽熱により高温になり柿板が焼ける為、葺足より内側に入れる」という意見があったが、南面で銅板が剥がれている様子があちこちで見られ、非常に納得させられた。

 この他見られた例として、下り棟は頂部に雨水が流れないため、銅の成分が流れず、この部分のみ苔が生えている所もあった。逆に、銅板の葺き込まれていない屋根ではこの下り棟の部分のみ傷んでいない例も見られ、様々な要素が影響していることが伺える。
 使い方によっては銅板が柿板の耐久性を延ばすことは明らかであることがわかった。また、真新しい凛とした柿葺屋根も美しいが、時の経過と共に苔が生え、周囲の自然に溶け込んだ姿も風情があり、自然素材の良さを改めて認識した。


柿葺業界の現状と問題点
◆技術保存会各社の現状◆
 回答のあった32社(全35社)の内、柿板の製造業が1社、竹釘製造業が1社であり、材料製造業が全体で2社のみである。この業界の需要の少なさを表している。
 また、最近廃業した社が3社もあり、この業界の先行きの厳しさも伺える。
 職人(檜皮葺きを含む)の数は、32社で206人(内柿板製造者5名・竹釘製造者5名)であり、1社当たり平均6.5人という非常に小規模な組織である。
 職人の年齢構成を見てみると、20歳代が一番多く、社会全体に景気の悪い中で、若者が収入のみでなく働きがいに人生の価値観を見いだしている現れではないかと思われる。
 反対に、働き盛りと言われる30〜40歳代の人が少ないのは、いわゆるバブルの時代に脚光を浴びていた他の業界に就職した人が多かったことによるものと想定される。
 また、60歳代、70歳代の職人が全体の約25%も現役で働いており、伝統技術の奥の深さが伺える。


◆近年の施工実績◆
 近年の施工実績について回答いただいた13社の255件の実績について見てみると、近年の施工実績のうち、文化財に指定されている建物が全体の70%有り、新築の建築物で柿葺が使用されることがきわめて少ないことがわかる。このことは、柿葺の対象建築物が増えていないことを意味し、今後業界の大きな発展が望めないことを伺える。
 建物種類を見てみると、寺院、神社がそれぞれ全体の39%、28%有り、この二つに茶室(約10%)を加えると全体の約80%をしめる。上記の文化財の指定と合わせて考えると、柿葺が一般の建築にほとんど使われていないことがわかる。



考察
 以上述べてきたように、柿葺の現状は、その対象建築物が社寺等の文化財指定の建物の修理工事が主であることからも解るように、新築の建築物に使われることが極僅かである。このことは、耐久性、コスト等様々な要因が考えられるが、防火の観点から現在の建築基準法により、その使用が制限されていることによるところも大きいと考えられる。
 また、その技術は、極僅かの人たちによって守り受け継がれていることも事実であり、日本の伝統技術の将来について決して楽観できる状況にないといえる。一方では、若い人たちが、こういう伝統技術の職場に目を向けつつあることも伺え、将来に希望を抱かせる状況もある。
 これらの伝統技術の分野を所掌している官庁は主に文化庁であるが、今後、我々国土交通省でも建築工事の発注官庁として、これら伝統的建築技術の現状把握、歩掛かり調査など、その保護・継承のための努力が必要であると思われる。


おわりに

九条池の畔に佇む四阿(あずまや)
 この研究報告では、数ある伝統技術の中で、主に柿葺について述べてきたが、数寄屋工法、聚楽壁塗等、この拾翠亭保存修理工事で使われた日本の伝統技術は、何れも日本人のこころを伝える技術として繊細且つ美しい建築を今に伝えている。
 これらの技術は、日本の気候風土に木造建築が適していたことと同時に、長い歴史の中で木を加工して使う技術を磨いてきた日本民族の所産であるともいえる。
 鉄とコンクリートで建築を造ることが主になった現在では、こうした伝統技術にふれる機会が少なくなったが、地球環境の危機が問題になっている現在、改めて、これら日本の伝統技術を見つめ直し、“ものを大切にするこころ”、“長く使うために時間をかけてこころを込めて造る姿”に学ぶことも重要ではないだろうか。
 この報告が、これら伝統的建築技術の発展のために、少しでも参考になれば幸いである。
 最後に、「全国社寺等屋根工事技術保存会」のみなさんをはじめ、論文作成のためにご協力いただいた方々にお礼を申し上げます。


筆者:国土交通省 近畿地方整備局 京都営繕事務所 三重野 真由
   (財)京都伝統建築技術協会 沼田 成子

全国社寺等屋根工事技術保存会
柿葺・檜皮葺で35名・皮採取3名・茅葺12名の 計50名の正会員と85の社寺等の賛助会員から成る社団法人。文化財の保護事業に寄与することを目的に、伝統的技術の保存と、技能者の養成研修等の活動を行っている。

(参考文献)
●『檜皮葺と柿葺』 原田多加司著/学芸出版社
●『檜皮葺職人せんとや生まれけん』 原田多加司著/理工学社
●国宝・重要文化財建造物目録 文化財保護部建造物課