1985年の入賞作品

作文部門1

<最優秀賞>大阪府知事賞

「川と私たち」

大阪市立苅田北小学校2年

川は、すごく光っています。
やまと川は、すごくよごれています。
わたしたちは、川を、きれいにしたいのです。
川は、わたしたちと、おなじいのちがあります。
それに川は、わたしたちと、おなじ心をもっています。
川は、よごされていて、がまんをしているのです。
わたしたちは、それを、みていてがまんができないのです。
いのちは、たいせつです。すてきなおもちゃをもつよりも、しぶんが生きることです。
川は、じぶんのいのちをすてはしません。
わたしは、やまと川を、たいせつにしてやりたいとおもいます。
光った川になるために。

<最優秀賞>奈良県知事賞

「川と私たち」

當麻町立磐城小学校6年

最近は川がずいぶん汚されています。ぼく達や大人達が二ヵ月に一回ぐらい『クリーン当麻』といって当麻町いっせいにクリーンキャンペーン(川や道のそうじ)を実施しています。もちろん、ぼくも参加します。が実施してまた何日かたつと汚されています。
ぼくの田んぼは道路ぞいにあり、用水路はゴミ捨て場のようになってゴミがたまっています。そうじしてもまた前よりひどくなるような感じです。この前は、弁当の入れ物まですてられてありました。それは、きっと車からの、投げすてだろうと思います。
ぼくは、ゴミに目をつけるとひらう事もあります。
それに比べると広陵町の用水路はゴミ一つ目につきませんでした。
ぼくの田んぼの用水路もこのようになれば、ゴミをひらう時間、少しでも野良かせぎ出来るのになぁと頭の中で想像しました。川も最近そうじしたように美しいでした。横のかん板には、ゴミを捨てると犯罪になり罰金をはらいなさい。と書いてありました。ぼくは、それであたりまえだと思います。
すこしすると横にいた父が「昔なんか、当麻町も広陵町のように太陽に照らされ青々と光って魚もあみや、手づかみで取れるほどたくさんいてたで。でも今は全くその逆のどぶ川やの。」と父がキラキラと光る広陵町の川を見つめながら語ってくれました。
とにかく簡単に一口で言うと、川や用水路を美しくしていきたい。
最後に、これからは昔の川・用水路のようにもどすためには一人一人が注意し合って、地球でも一番の美しさの川を生み出していきたいです。


<最優秀賞>近畿地方建設局長賞

「川と私たち」

堺市立月州中学校1年

私は、中学校に入学するまで河内長野に住んでいました。前の家と今の堺の家で一番違うのは水だと思います。前の家は滝畑ダムというダムの近くで、そばを川が流れていました。夏には、ホタルが小さい豆電球をともしました。学校の裏にはまわりの田に引くための用水路があり、タニシ、カワニナ、ザリガニ等がいました。男の子がドジョウやサワガニをとったりもしました。六年生の時、担任の先生にみんなと川へ遊びにつれていってもらったこともあります。
その川は、大和川に流れこんでいる支流なのですが、今、住んでいる堺でみる大和川はどこでこれだけ汚れるのかと思うほど汚れています。やっぱり、こちらの家の水は、味も前の家で飲んでいた水とはちがうのです。
水が流れている間にみんなが汚さなかったら、それだけ水をきれいにする薬だって節約できるし、少しでも海が汚れるのを防げるのではないでしょうか。堺の旧市内で生まれた父に聞くと、父が子供のころは、よく大和川で遊んだそうです。南海本線の鉄橋の下まで泳いで行って、電車がきたらもぐって通 過する音を聞いたりして遊んだそうです。今の大和川なら考えられないなあと思いました。
電車に乗ってその鉄橋をわたる時、窓から下を見ても、あまりにも父の少年時代の話とちがいます。土色の水にときどきカップラーメンか何かのくずがぷかぷかと流れていくことさえあるのです。
遊びに行ったらゴミを持って帰り、川に捨てない。私達子供にはそれぐらいのお手伝いしかできませんが、みんなもっと努力して大和川をきれいにしなければならないと思います。
父の少年時代は戦後の二十年代です。みんな苦労を重ねて守ってきた大和川だと思います。工場排水による汚染、ゴミ捨てによる汚染から大和川をみんなの手で守っていきたいと思います。


<最優秀賞>近畿地方建設局長賞

「水害と私」

王寺町立王寺小学校6年
 
「リリリリーン…。」
私の家の電話が鳴りました。王寺の久度に住んでいるおばあちゃんからでした。
(さっきお父さんのいっていた水害のことかな。)
と思っていると母がじゅわきをおいて父に、「おばあちゃんの家のやっぱり、水害のけい告のサイレンがなっているからむかえにいってあげて。」といいました。父はいそいで服をきておばあちゃんの家に出かけていきました。母も服をきがえていそがしそうにしていました。
「プルルルルル…。」
とベルがなってげんかんにいくと父たちでした。少し雨がふっていました。いそいでおばあちゃんとひいおばあちゃんにおちゃを出しておちついてもらいました。その間、父と母と父の弟のおにいちゃんとで、おばあちゃんの家の衣服、食器、とにかくはこび出せる物ははこぼうということで久度に三人でいってしまいました。その間、おばあちゃんと、ひいおばあちゃんと、私と妹だけなのでとても不安でした。二度ほど車で行き三度目は、水が出てきたのであるいていくとイズミヤの所では、父の胸のあたりまで水があったそうです。もうそれからは、水のかさがましてきて、もういけなくなりました。つぎの日から、水が少しひいてくると父たちは、おばあちゃんたちの家に行き、かぐなどをふきにいったりそうじをしたりたいへんでした。なんとか水がひいて、家の中がきれいになってきて一週間たち、おちついたとき、どうして、こんな水害になったのか、と考えてみました。父や母、おばあちゃんにきくと、こんな例がありました。1大和川の水のいきおいが強く、葛下川の水が、ながれられなかったこと、2さい近、田んぼなどがすくなくなって、水をためれないので、雨などがふると、どんどん水がながれる。などほかにもいろいろな条けんがかさなって水害になったということです。やっぱり水害になる原因のほとんどが、人間のせいでなっているようです。こんな川にしたのはだれだ、ときかれたら、わたしもその中の一人になります。自分も川をよごした中の一人なので、川にゴミなどをほっている人に、今はえらそうにいえないけど、今日、明日と、川をよごす人の中から、自分を出して、自分が、人にちゅういしてもはずかしくないように気をつけていきたいです。


<最優秀賞>大和川水質汚濁防止連絡協議会長賞

「川と私たち」

狭山町立北小学校6年
 
川がさらさらと流れています。私たちに何か呼びかけている様です。
その呼びかけに答えず、ゴミを捨てたり、きたない水を流す人がいます。そんな人達は、川にいる魚達の事を考えているのでしょうか。私は考えていないと思います。自分の事しか考えていないのです。
でも人間は、夏は川ととっても仲良しです。
川と遊ぶのです。人間が川を泳ぐと、川が人間の周りをはねまわる。そして、私たち人間を楽しませてくれます。
冬になると、人間と川は、仲が悪いです。人間は、川に手を入れて、 「つめたい。」 といってお別れです。そんな時川は、遊んでくれる人間を探すように、海へ海へと、スピードを出して流れていきます。
春になると、川の水が少し温かくなって、人間たちが来てくれます。そして、人間が水に手を入れると、手の周りをはねまわります。
川が 「早く中へ入っておいでよ。」 とさけびます。
こんな風に、川は私達を楽しませてくれるのに、人間は、あまり川を楽しませません。
川にとっての海は、お母さん。お母さんに会いに行くように、さらさらと、あるいは、ゴーゴーと流れていく川。私の友達の川。
私は、そんな川が大好きです。


<最優秀賞>大和川水質汚濁防止連絡協議会長賞

「川と私たち」

大和郡山市立郡山西中学校1年
 
つい最近だけど小さいころを思い出して、ささぶねを作ってみた。
「ちがうよ。ここは、こうおって……。」
妹に作り方を教えた。作り終わって川に流して、ささぶねについていってみた。
「あっ。とまったよ。」
私たちの作ったささぶねは、コーラのあきかんや、おかしのふくろでひっかかってとまってしまった。 「こんなのだれがほかしたんだろうね。おねえちゃん。」
私もそう思ったが、いっしゅんだまってしまった。私も、川にゴミをほかしたことが、あるんじゃないかな。川にゴミをほかしてはめいわくになる。それが自分の身になってよくわかった。
おとうさんとつりに行った時だって、
「かかった。かかった。」
と思ってさおを上げようとすると、あきかんや、紙ぶくろがじゃまして、さおが上がらない時があった。私と、同じ目にあった人がいるんじゃないかな。
こんなことを考えて見ると、きれいな川を望んでいる人は、たくさんいるんだと、思った。きれいな川を望む私も、川を美しくするために、むかしのようにささぶねが流れるように、ゴミがさおにからまないように、ゴミは、川に捨てないようにしようと思った。もし、捨ててあったら、拾うようにしよう。
ゴミなどを拾う事によって、私の願いが、みんなの願いがかなうのだから。

<優秀賞>大和川工事事務所長賞

「きらきらの川」

大阪市立長居小学校2年
 
先生が、この作文をかく前に、わたしたちは、おかあさんからうまれました。そしておちちをのんで、おかあさんに あまえて大きくなりました。川は山でうまれます でも川のあかちゃんはすぐおかあさんとわかれて すいすいとたびにでてしまいます。
山の川はきらきらのふくを きています。めだかも かにもみなお友だちでにこにこしながらながれます でも大さかにながれたころは、ぼろぼろのふくになり、かなしそうなかおになっています。と話してくださいました。
わたしは、川も生きているんだな、どうしたら、大さかの川もきらきらの 山の川のように できるのだろうと かんがえました。それは 川にごみをすてないことだとおもいます。ごみと川が すれちがったり、ぶつかったりすると、川がけがをして、ないてしまいます。だからごみはすてないようにしましょう。どろもながれないように、みぞをきれいに しましょう どろがながれると どろどろのきたないかおの川になります。石やかんをなげるとあたまに、あたって川がしんでしまいます。
川も人げんと同じように、生きています。うごいて はたらいて いろいろなものを そだてています わたしたちも まいにち きれいな 水を わけて くれます。川はとってもやさしいのです。
川をきれいにすると、川もよろこぶし、鳥も水あびをしてきれいな声でなくし、かえるも すいすいともぐります。
わたしたちも けんこうになります。
みんなもきれいなものを いっぱい見ていると きっとやさしくなり、きれいな心に なるとおもいます。

<優秀賞>大和川工事事務所長賞

「川と私たち」

大阪市立瓜破西小学校5年
 
わたしは川が好きです。なぜかと言うと川は夕方になると、夕日が西へしずむその時が、川はきらきらしているのです。きらきらしているだけではありません。夕日の太陽が川にうつっている時も、きれいです。朝早く川へ行くと魚がピョンピョンはねていてとってもかわいかったです。よく晴れた日は、とっても大好きです。よく晴れた青い大空が川にうつって魚たちもよろこんで川に首を、出すと思う。私は、夏の川も、秋の川も、春の川も大好きです。夏の川は、夏暑いけれども川を見れば暑さなんてふっとんでしまいます。秋の川も大好きです。秋は夏から冬に変わる時です。秋はかれ葉がだいだい色に変わる時で川にかれ葉が落ちたらきれいで、美しいだろうなっと思います。それに、もみじが落ちたらさいこうだろうと思うな。わたしは、春の川も好きです。川の中心に大きなさくらの木があったら、川全体に花びらが落ちてきれいだろうな。それに、春は春風がそよそよとふいてとっても、さわやかでいいだろうな。けれども、雨の日の川はきらいです。雨がいっぱいふってわたしたちの家に流れて来て洪水になったらわたしたちの命を川にうばわれるかもしれません。だから、わたしは川は好きだけれども、きらいなところもあります。でも、わたしは川は、なくてはならないと思います。なぜかというと、川がなければ魚もいないし、暑い時、川を見れば暑さもわすれさせてくれる。川はこの世の中になくては、ならないものだと思います。わたしは、小さな時も川が大好きでした。わたしは、悲しい時や、さびしい時によく川へ行きました。でも、川はあぶないし、死んだ人もいるから、いったらいけないと、よく言われておこられたこともありました。けれども、わたしはおこられても、何回か川へ行っていました。川はきらきらして、とってもきれいと思う。

<優秀賞>大和川工事事務所長賞

「川と私たち」

大阪市立遠里小野小学校6年
 
大阪の大和川はとてもきたないと思います。それは、人たちが川へあきかんや石、ビン、木などをなにも思わずに、投げすてたり、下水をそのまま流しているからだそうです。そんなことをしたのは、大阪府・奈良県の責任だと思います。今ごろ考えてみたって、おそいとは言い切られませんが、結局なかなかもとの川にはもどらないと思っていますが、前みたいな川でなくても、少しでもそのまま下水を流さなくなったら、自然ときれいになってくるのではないでしょうか。
ぼくの川に対するイメージは、川はばが広く、すき通っていて、魚が泳いでいるところが見えるぐらいで、川の両側に、芝生や小さな公園があるようなことです。今の大和川は、ゴミ捨て場と同じように遠くからトラックで家具や不用品を捨てにくる人がいるようです。だから、きたない所へきたないものを捨てにくるような悪い方向へ進んでいます。だからいつもきれいにしていると捨てにくくなるのではないでしょうか。
きっと上流の水は、きれいで、だんだん海に近づくにつれてきたなくなっていくと思います。理想としては、上流の水も下流の水もきれいなそのままの水が流れてきてほしいと思います。
今まできたないと何回もいってきたけれど、こんどは良い点を集めてみたいと思います。まず川のはばが広いということ。それから長い、遊び場がある、などです。
「大和川一級河川」というかんばんがつけてありますが、あれは、はばや長さで決めてあると思いますが、これからは、川のきれいさとまわりのかんきょうで決めたらいいと思います。そうすれば、人たちがごみを捨てたりしなくなってみんながんばって一級河川にするように努力すればいいと思います。

<優秀賞>大和川工事事務所長賞

「川と私たち」

羽曳野市立古市南小学校6年
 
「お父さん、メダカとりにいこ。」
初夏の日曜日、父と姉と私でメダカをとりに、石川へ向かった。小さなバケツと、ストッキングを切って作ったあみをもって。
石川に着いたが、石川は相変わらずきたなかった。でも、かえるや魚が、わりとたくさんいてるよとお姉ちゃんが言っていたので、少しほっとした。
しばらく歩いていくと、小さな水たまりがあったので、のぞいてみると、小さなメダカが、たくさん泳いでいた。姉と二人できゃあきゃあいって、メダカをすくっていると、すぐ近くに鳥が飛んできて、水を飲んでいた。
メダカを取り終えた時は、まだ明るかったので、姉と二人で川に入って遊んでいた。すると、私のすぐ横を、ナスが一つ流れていたのを見た私は、川の中だということも忘れて、いつもの調子で、大声でわらいはじめた。わらっていると、なぜかつるんとすべり、私はみごとにずっこけてしまった。
おかげで服がビチョビチョ。でも、それはそれで楽しい思い出になった。
こんな楽しい思い出をくれた石川。ありがとう。
これからは、私たちの町を流れる石川を、私たちの手でもっときれいにし、たのしい思い出をたくさん作りたい。