近畿 道の駅

くしもと橋杭岩 [ kushimotohasiguiiwa ]

路線名 国道42号
所在地 和歌山県東牟婁郡串本町鬮野川1549-8
TEL 0735-62-5755
FAX 0735-62-5766
開設時間 9:00~18:00( 4月~9月)
9:00~17:00(10月~3月)
休館日/無休
※トイレ・駐車場は24時間利用できます。
駅長名 田嶋 勝正
設置者 串本町

施設

    • 駐車場
    • 54台[大型車6台/普通車49台]
    • 電話
    • 公衆電話 1台
    • トイレ
    • 男性 10器
      女性 8器
    • 障害者用施設
    • トイレ 1器
      駐車場2台
    • レストラン
    • 【ファーストフード施設】
      (開)9:00~18:00( 4月~9月)
         9:00~17:00(10月~3月)
      (休)無休
      ソフトクリーム、軽食、飲み物 など
    • 店舗・売店
    • 【物産販売施設】(おみやげ)
      (開)9:00~18:00( 4月~9月)
      9:00~17:00(10月~3月)
      (休)無休

      地元産品、お菓子類、民芸品、トルコグッズ 他

アクセス

道の駅アクセス情報(当駅まで)
1. 【お車で】 
(京都、大阪方面より)大阪から阪和自動車道、湯浅御坊道路、紀勢自動車道を利用。すさみ南ICから国道42号を南下し、串本町に至る。
(東京、名古屋方面より)名古屋から東名阪自動車道、伊勢自動車道、
紀勢自動車道、熊野尾鷲道路、那智勝浦新宮道路を利用。市屋ランプから国道42号
を南下し、串本町に至る。
2. 【電車で】 
(京都、大阪方面より)京都、新大阪、天王寺からJRきのくに線にて
和歌山、田辺経由で串本駅下車。串本駅から車で7分。(特急約2時間40分)
(東京、名古屋方面より)名古屋駅からJR紀勢線にて松阪、新宮経由で串本駅下車。
串本駅から車で7分。(特急約4時間30分)

インフォメーション

観光コンシェルジュによる、地域観光・特産品情報を発信

ひとあしのばせば

串本海中公園センター(車で15分)

串本海中公園は、昭和45年に指定された日本初の海中公園の一つです。マリンパビリオン(水族館)には長さ24mの水中トンネルがあり、アオザメやマダラトビエイなどが頭上を悠々と泳ぐ姿を見ることができます。また、沖合140mの海中展望塔からは水深6.3mの海底の様子が見られ、海中観光船ステラマリスに乗船すれば世界最北限といわれるテーブルサンゴの群生を観察することができます。

潮岬観光タワー(車で10分)

本州最南端の地、潮岬の先端に広がる約10万㎡の大芝生。その昔、海軍の望楼(物見櫓)があったところで、「太陽の出て没るまで青岬」と山口誓子によってうたわれているように、眼前には緩やかな弧をえがいて太平洋が広がり、地球が丸いことが実感できます。隣接する潮岬観光タワーでは、「本州最南端訪問証明書」を発行しています。

樫野埼灯台旧官舎(車で20分)

1890年(明治23年)、9月16日、大島樫野崎の沖合でトルコ軍艦エルトゥールル号が遭難し、その救出の舞台ともなった樫野埼灯台と官舎。1970年(昭和45年)に同灯台は無人化自動点灯となり灯台守が常駐していた官舎はその役目を終えました。日本最古の石造灯台官舎として平成15年に同官舎が国指定登録有形文化財に登録されました。平成22年の改修工事は、過去の資料に基づいて当時の雰囲気を再現。外壁は漆喰塗りが施され、建具や窓枠には「木目塗り(油性や水性のペンキを使用し、筆やヘラを用いて木目を描く技法)」も再現されています。また改修工事では「保存を目的とした修理」を方針とし、建築当時の木目塗りも残されております。

日米修交記念館(車で20分)

1791年(寛政3年)、ペリーの黒船来航より62年も前のこと、レイディ・ワシントン号とグレイス号の2隻のアメリカ商船が大島に上陸しました。これが公文書に記録された初めての日米間の接触であるとされています。同館では、当時の様子を解説したジオラマや写真、船の模型などが展示されています。

応挙芦雪館(車で7分)

串本の町の狭い通りの一角にあるお寺、無量寺。その境内に併設されている小さな美術館が応挙芦雪館です。円山応挙、長沢芦雪の作品を中心に、室町、桃山、江戸時代の絵画96点を展示しています。ほかに串本の笠嶋遺跡からの出土品も展示しています。

荒船海岸(車で15分)

串本町の東端、熊野灘沿いに3kmにわたって奇岩怪石が続く、吉野熊野国立公園にも指定される海岸。絶好の礒釣り場として有名なほか、その変化にとんだ風景はハイキングコースとしても秀逸です。海岸沿いの道を行けば岩のトンネルがあり、磯山にはウバメガシやヤブツバキが繁茂し、メジロなど野鳥の楽園となっています。

トルコ記念館(車で20分)

明治23年(1890年)トルコ国皇帝特派使節として来日したオスマンパシャ海軍少尉以下650余名の将兵を乗せた軍艦エルトゥールル号が、わが国との修交の使命を果たして帰国の途中9月16日夜、熊野灘で暴風にあい、串本、樫野灯台下の岩礁で難破、しかし、生存者は樫野埼灯台の光を頼りに必死で岸に這い上がり、40mのもの断崖絶壁をよじ登って助けを求めました。

この知らせを聞いた大島島民は避難現場で懸命の捜索活動をおこない69名の生存者を救出、島民たちは、収容された負傷者の手当てをおこなう一方、自分たちのために備えていた非常食まで惜しむことなく料理し、これを提供しました。また引き揚げられた遺体は樫野崎の丘へ丁重に埋葬されました。

そして歳月が流れ、イラン・イラク戦争の最中であった1985年3月15日、国外に脱出する手段がなくテヘラン空港に取り残されていた日本人205名を、トルコ航空の飛行機が危険を冒し救出してくれたのです。

そういった背景をもとに、トルコ国との友好の証としてトルコ軍艦遭難慰霊碑の近くに建設された記念館。館内には遭難したエルトゥールル号の模型や遺品、写真などが展示されており、遭難事故当時の様子を知ることができます。