江戸時代の新田開発は、表3.2.1のとおりである。 |
表3.2.1 新田開発とその年代 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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開発の対象となった地域は、鳥羽野は台地、関ヶ鼻は日野川の荒河川敷、北野は九頭竜川の乱流地域、塚原野は九頭竜川と真名川とに挟まれた台地である。鳥羽野を除き、ほとんどが河川に接していながら十分に引水が出来なかったり、排水がうまく出来なかった箇所で、荒地化していたと思われる地域である。関ヶ鼻と北野は、ともに河川の乱流する地域であり、未墾地であった所である。江戸時代には、このような地域であっても、用水や治水の技術が発達し、開墾が可能となっていったのである。 元禄14年(1701)と天保5年(1834)の郷帳を比較すると、表3.2.2に示す郡では、130年間に約3,750石余り増加している。 |
表3.2.2 江戸時代の郷帳による増加高 (単位:石) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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(※福井県土地改良史) |