九頭竜川流域誌


2.3 九頭竜川水系環境検討委員会による9つの提言

(1) 概要
 「水と人、川と人、九頭竜川と流域住民との関係を今まで以上に強く、深い絆にする方法がないものだろうか。」といった素朴な問題意識のもとに、各分野の学識者と建設省、福井県の河川管理者からなる第1回九頭竜川水系環境検討委員会が平成6年(1994)2月26日に発足し、平成8年(1996)8月27日まで5回にわたって意見交換がなされた。
 そして、平成9年(1997)3月に「Dragon Project−自然と人が共生する望ましい水系環境の実現へ向けて−」と題した9つの提言が委員会報告としてまとめられた。
 この委員会でまとめられた9つの提言は、取り組みに当たっての3つの方向と自然・社会・文化という3の次元から9つの視座を設けて、課題を整理したうえで21世紀における九頭竜川流域のあり方をまとめたものである。以下に、その要点を記述する。
(2) 9つの視座
 戦後、九頭竜川流域は昭和23年の福井大震災、昭和28年の13号台風、昭和40年の奥越豪雨による水害など様々な苦難を被ってきた。現在の繁栄は、このような苦難を乗り越えた先人達の努力の上に成り立っている。しかしこのような発展の一方で、流域の自然や人々の心にさまざまな矛盾や変化が生じてきている。
 九頭竜川流域で数千年にわたって育まれた豊かな自然と文化は、貴重な地域の財産である。今ここに生きる私たちは、ドラゴンを育みつづける九頭竜川流域をより健全なものにし、それを次代へ引き継ぐ役目を負っている。
 委員会では、九頭竜川流域を自然風土、社会経済、精神文化という3つの次元から捉え、望ましい水系環境を実現するための努力の3つの方向を、
第1の方向 共生・共存・共有の取り組み
第2の方向 質的向上の取り組み
第3の方向 再生・飛躍の取り組み
とおき、下表のように9つの視座を設けた。視座はものごとを見る立場、視点のことである。
  共生・共存・共有の
取り組み
質的向上の取り組み 再生・飛躍の取り組み
自然風土 流域の自然との共生 水の循環の適正化と水の恵みの活用 自然の脅威への対応と安全性の向上
社会経済 流域の上・中・下流の均衡的安定の推進 流域特性に基づく社会・経済活動の活性化 気候風土的な社会・経済問題の克服
精神文化 ローカルアイデンティティの創出と共有 時空間の経過による歴史価値の再評価 流域の広がりを越えた情報発信の推進

 1) 自然風土に対する3つの視座
 自然風土は、流域の地形や気候、土地利用をベースとして成立している水の循環や生態系を指す。澄んだ豊かな水が流域内をめぐり、そこに私たち人間を含めて多様な生物が生きるような、いきいきとした自然環境をつくるため、次の3つの視座から考えることが必要である。
(a) 流域の自然との共生
 現在残されているありのままの自然を守り、様々な生物により構成される森林や河川と共生することがよりよい水系環境をつくることになる。豊かな自然の中でいきいきとした生物の営みが展開されることは、私たちに心のやすらぎをもたらしてくれるとともに、人間の生存基盤が安定したものであることを意味する。
 私たちがこうした環境を実現するためには、流域に生きる生物を尊重することが基本となる。当面、残されている自然林の保護や新たな森林の創造、アユといった回遊魚を天然遡上させる環境づくりを進めることなどが必要である。
(b) 水の循環の適正化と水の恵みの活用
 経済優先、利便優先の地域づくりや産業活動により、都市郊外では水田や畑から建物用地へと土地利用の変化が生じている。また、森林の減少や、大規模な造林による天然林の減少、管理されない里山や人工林の増加は、長年流域で営まれてきた自然と人間の活動のバランスを変化させている。
 森林や水田・畑の減少や森林の荒廃は保水力を低下させることにつながり、河川や地下水への水の供給に悪影響を与える。豊かで清らかな水に支えられた生活を送るためには、水循環を適正化し、よりよい水の恵みを受けるようにする必要がある。
(c) 自然の脅威への対応と安全性の向上
 災害に弱い中枢機能が都市部に集中しており、被害の可能性が都市部を中心に増大している。九頭竜川流域では、下流にある福井市を中心にさまざまな機能が集中していることから、下流部で災害が起こった場合、福井市のみならず流域全体に大きな影響を与えることになりかねない。
 こうした自然の脅威を取り除き、いつでも安全に生活できる風土をつくることが必要である。特に「崩河」といわれた九頭竜川の水災害を防止したり、地震時にも短期間で安定した生活や産業活動が再開できるようにする必要がある。
 2) 社会経済に対する3つの視座
 九頭竜川流域に展開されている産業活動は、海や川での漁業、田畑での農業、都市での商工業、森林山間部での林業等である。これらは九頭竜川流域という特性を反映して成り立っており、貴重な地域の個性でもある。これらの活動が一層輝き、次世代へ向かっていきいきと展開することが求められている。
(a) 流域の上・中・下流の均衡的安定の推進
 流域全体が活気づくことが大切である。近代の産業発展により下流部は、経済的に繁栄しているが、上流部では、第一次産業の衰退にともない過疎化や高齢化が進み、一時の活気はみられなくなっている。
 流域全体で地域特性に応じた安定した経済活動が展開され、流域のどこにいても心豊かに生活できる経済的な基盤づくりを進める必要がある。
 特に中山間地域を中心とした上流部での賑わいを取り戻すことは、山林や農地の公益的機能を維持することにもつながり、自然を活かした新たな取り組みが求められている。
(b) 流域特性に基づく社会・経済活動の活性化
 越前だからこそ、九頭竜川だからこそといった地域特性によって評価されている産業を、地域ブランドとしてより明確に位置づける必要がある。そのことが地域の産業を活力あるものにすることになる。海産物、農作物でも、かつてはいろんな地域ブランドがあった。絹の織物、越前和紙、越前竹人形、越前焼、越前漆器等で、これらは自然素材を活かしたものである。こうした産業を活性化させることは、自然や文化への理解を深めることにも役立つ。
(c) 気候風土的な社会・経済問題の克服
 越前の冬は厳しく、豪雪と北風に人々の生活は孤立化することもあった。近代的な技術によってこうした問題に対応しているが、現在でも交通等の面で制約を受けている。しかし、一方で雪は、九頭竜川流域の個性の一つであり、さまざまな活用方法がある。また、流域の9割を越える森林・農地について、活用方法の模索が進められている。
 積雪の多い厳しい気候のなかで、先人たちはたくましく生きてきた。私たちはこれに学び、さらにこれらを新しい流域の個性として育てていく必要がある。
 3) 精神文化に対する3つの視座
 精神文化は、そこに生活している人々の心の豊さを培い、文化的習慣や行事によって定着し、独自の文化を発展させる土台となる。その独自文化が地域コミュニテイの支え、誇りとなり、人々がいきいきとした生活を送れる条件が育つ。いわばドラゴンの心であり、心の輝きを育てることが必要である。
(a) ローカルアイデンティティの創出と共有
 継体天皇の時代より厳しい自然と闘って地域を切り開き、5世紀には「崩河」と呼ばれた九頭竜川を治め、農業を発展させてきた努力は地域の誇りとなっている。こうした治水、利水の努力の歴史が「元覚堤」などの歴史的施設や「鳴鹿堰」等の施設に、そして“農民の父”と慕われた「杉田定一」などの歴史的人物に象徴されている。
 これらの歴史遺産を掘り起こし、現在の福井を発展させた原点の1つとなる流域性として共に培う必要がある。そのことが川を大切にし、人間の努力を大切にする心を育み、先人に負けない努力を生む原動力となる。
(b) 時空間の経過による歴史価値の再評価
 九頭竜川と直接関連した地域文化には、古くは舟運、舟遊びといった産業と遊び文化があり、河口及び中流部の川沿いの都市との交流を育んできた。
 また、江戸時代に、山間部の大野藩が全国の商業拠点の物産を、海を介してネットワークするという斬新な発想で大野丸を建造し、各地に大野屋という店を展開するユニークな振興活動に取り組んだ。これにより、無名であった藩が全国に知れ渡り、地域の財政も豊かになった。これらは藩主土井利忠の業績として新しい地域づくりへの貴重な教訓になっている。水とのつきあい方も時代とともに変化してきている。水利用の方法も過去と現在では異なっている。古くからの良い習慣を発見し、過去の教訓を活かして現在継続している文化や行事を再評価する中から、新しい方向を見つけ出す必要がある。
(c) 流域の広がりを越えた情報発信の推進
 良い文化や習慣も地域内、流域内だけのものとするよりは、広く他地域の人達に理解されることが必要である。特に九頭竜川の自然や生活を豊かにする試みは、他地域の川とのつきあい方、地域文化の再生に大いに貢献できると思われる。ドラゴンリバー交流会での貴重な経験、地域ごとでの新しい発見、小さくても意味のある個人的な努力など、水系環境の望ましいあり方に関わるあらゆる情報を他地域へ向けて情報発信することが必要である。情報発信することは、情報を受信することにもつながる。この流域が、水系環境を良くする情報センターとして位置づけられることが必要である。
(3) 9つの願い
 九頭竜川流域における望ましい水系環境のあり方を、9つの視座に対応したドラゴンの願いとして9つにまとめられている。
 なお提言は、流域の人々が水系環境を良くする運動に幅広く取り組める内容を示している。明日からすぐに取り組めるもの、地域の人々が協力してできるもの、また気持ちを結集してできるものまで提言している。ドラゴンの明日を育てるために多くの人たちが立場を越えて参加・協力をお願いする内容になっている。
ドラゴン9つの願い

 1) 自然風土に対する3つの願い
(a) 流域の自然との共生を−ドラゴンの仲間たちを守りましょう−
自然豊かな川づくりを進め、森林−河川−海をつなぐ河川の生態系を豊かにしましょう。
流域に残されている豊かな自然を守り、育て、再生するための制度作りに取り組みましょう。
子供から大人まで、自然の仕組みや共生について学び、体験できる環境教育や自然教室の普及を進めましょう。
私たちの身近にある河川や森林の調査・研究に取り組みましょう。
(b) 水循環の適正化を−みずみずしいドラゴンにしましょう−
森林や田畑では、豊かな土壌を作ることにより保水力や水源涵養機能を高めましょう。
都市域では水の浸透・蒸発を進める工夫をして、水が循環する環境を実現しましょう。
節水を心がけると共に、私たちの生活や産業活動によって水が汚れないような仕組みを取り入れましょう。
水はどこから生まれ、どこへ流れていくのか水についての理解を深めましょう。
(c) より安全な地域づくりを−ドラゴンを怒らせないようにしましょう−
私たちの住む地域の安全性を理解して、日頃から地域で助け合える組織づくりを心がけましょう。
洪水の被害が頻繁に起こらないような河川にするとともに、河川が災害時の避難・救援のネットワークに役立つようにしましょう。
豊かな森をつくり、地域の雨水が河川へすぐに流れ出ないような工夫をして、安全性の高い地域づくりをしましょう。
 2) 社会経済に対する3つの願い
(a) 流域のバランスのとれた安全を−ドラゴンの緑のねぐらを活かしましょう−
清らかな九頭竜川の水により育てられた自然の恵みを流域全体の人々が享受するとともに、自然に感謝し自然資源の育成に参加、協力をしましょう。
豊かな自然と、自然の中で育てられた九頭竜川の恵みが流域内の上・中・下流の隅々に届くように、ネットワークづくりを進めましょう。
山林や自然の豊かな恵みを受け営まれている都市部は、農林漁業と相互に連携を保ち、共同して地域づくりを進めましょう。
流域全体がにぎわう経済的な結びつきを強め、自然に優しい町や里をつくるとともに、活動しやすい仲間づくりや拠点づくりに参加しましょう。
(b) 流域特性の活発化を−ドラゴンらしさを育てましょう−
福井には、自然の味覚と味わいが歴史と伝統により受け継がれてきているため、食産業の振興に役立ち、グルメが楽しめる「ふるさとツアー」や、山菜、農産物、海産物のフェアを各地で展開しましょう。
宮大工、漆器、和紙、織物などの伝統技術の良さを継承しつつ、特色ある産業の活性化を図り、新しい福井の顔となる「ドラゴンブランド」をつくりましょう。
流域のきれいな水に支えられて発達した豊かな水産業を継承し、環境にやさしい産業振興システムをつくりましょう。
(c) 気候風土の新たな活用を−たくましいドラゴンから学びましょう−
深い雪のなかで鍛えられた、我慢強く、逞しい心を誇りに、これからも気候に対応した精神の醸成と、気候風土を活かした新しい産業の振興に取り組みましょう。
広い山岳地域と積雪量の豊かなことから、九頭竜川流域が冬でも自然の中で健康になれるウインターランドと呼ばれるようにがんばりましょう。
越前海岸から白山をつなぐ九頭竜川を生活余暇空間として位置づけ、流域一帯の豊かな恵みを享受する、観光・リゾートの拠点となるように取り組みましょう。
 3) 精神文化に対する3つの願い
(a) ローカルアイデンティティの高揚を−ドラゴンと友達になりましょう−
川や森づくりにローカルアイデンティティを発揮し、自然との新たな関係を育てていきましょう。
ローカルアイデンティティとなるような伝統文化を守り、誇りを持ってみんなで育てていきましょう。
自然や文化を大切にする生活スタイルを育て、ローカルアイデンティティとして発展させていきましょう。
(b) 流域の歴史的遺産と文化の継承を−ドラゴンの語らいに耳をかたむけましょう−
流域の水に関わる歴史や文化財を大切にし、財産として引き継ぎ、活用していきましょう。
水にまつわる祭事や伝統技術の良さを学び、現代に再生させましょう。
め流域に伝わる文化を受け継ぎ、拡げる担い手になりましょう。
(c) 流域を越えた情報発信を−飛べ!、ドラゴン!−
流域内の交流や情報発信のための組織を拡充しましょう。
水に関する活動や情報発信の拠点を作りましょう。
流域内での交流を進め、情報のネットワークを作りましょう。
流域を越えて世界へつながる情報を発信しましょう。
(4) 望ましい水系環境の実現にむけて
 九頭竜川水系環境検討委員会では、九頭竜川流域で、新しい川とのつきあい方、川のあり方について検討し、九頭竜川水系に関わる自然、社会、文化などの多様な分野にわたって「望ましい水系環境」が実現されることを願い9つの提言を試みた。
 今後、九頭竜川流域でドラゴンプロジェクトを推進し、望ましい水系環境を実現するためには、さまざまな人との協力や連携が必要となる。人と川とのいい関係、人と文化や社会とのいい関係の実現は、関係者の努力によって実るものである。
 九頭竜川流域での望ましい水系環境づくりには、現在ドラゴンリバー交流会など、住民、行政による連携によって活動している。
 九頭竜川水系環境検討委員会は、このような活動がこれからもさらに活発になり、地域内での交流が進み、すばらしい九頭竜川流域が実現されるように願っている。そのためには、流域の人々のパートナーシップがぜひ必要であると考えている。
(5) 5者のパートナーシップとそれぞれの役割
 
住民
人は立場によって考え方が異なるが、これからの望ましい水系環境の実現には立場を越えて共通の目標に向かって努力する、人と人とのパートナーシップを強化することが必要である。
 九頭竜川流域を構成する関係者としては、(a)住民組織、(b)企業者、(c)農林漁業者(組合)、(d)河川管理者、(e)自治体の5者があり、これらが互いに手をつなぐことが求められている。流域の5者のパートナーシップとして、新しい環境改善の取り組みを実践することが必要である。多くの人が自然に対する恵みを理解し、豊かな環境に接して、地域全体を思う心の醸成を図るために、各パートナーは思いをひとつにして、環境保全に取り組むことが必要である。
9つの提言は、「です。ます。」調で記述されているが、ここでは、「である。」調としている。


九頭竜川流域誌メニューへ
第1章メニューへ
戻る次へ
TOPに戻る

Copyright (c) 国土交通省近畿地方整備局 福井工事事務所 2001 All Rights Reserved.