〜海とCANと僕〜 「海の感動」を伝えたい!

僕と同じ水の中に魚がいる!
▲18歳からプロダイバー志望に

僕は香川県の出身で、子どものころ海辺の町に住んだこともあり、海はもともと身近な存在。高校時代はヨット部でした。動物も好きだったので、“イルカショーのお兄さん”を目指して大阪の専門学校の海洋動物飼育調教科に進んだのですが、入学して早々にダイビングの授業を受けて、「プロダイバーになりたい」と早くも方向転換したんです。

なぜって、和歌山県田辺近くの元島で生まれて初めて潜った時、「海の中は、海の上にいるのと大違いだ」とすごく感動したから。

▲魚が泳ぐ海の中・・スゴイ!!

マリンスポーツには慣れているつもりだったのに、海の中はそれまで僕が知っていた世界と全然違ってたんです。あいにくその日は透明度はそんなによくなかった。なのに、目の前を魚が泳いでいる。魚が僕と同じ水の中にフツーにいる。ううっ。僕は、もう言葉で言い表せない感動に包まれると同時に、「この感動を多くの人に伝えたい」と思った。

それから、バイトに励んでダイビング用品を買い、時間をつくっては潜りに行き・・。実家に帰った時など、高校時代の友だちに「海の中はすごいんや」と話してばかりで、友だちには「コイツ大丈夫か?」と思われていたようです(笑)。

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アマモが魚の住処だった・・「マジで〜?」
▲大阪湾の水質調査も手がける

専門学校のダイビングのコーチが、CANの人だった関係で、CANと近づきになり、学生時代からアマモ移植の活動に参加するようになりました。

最初、アマモの話を聞いた時、「マジで〜?」って思った。実家近くの瀬戸内海には、そういえば、そういう海草がいっぱい生えていた。泳ぐのに邪魔だからと切ってたんですよ、僕らは。海の中のあの草が「アマモ」で、魚の住処や産卵の場として大切だったとは。おまけに、海の水をきれいにする役割も果たしていたとは。何から何まで驚きでした。

▲「意外にきれい」な海岸も

大阪湾の自然海岸率は今や4%だそうで、僕がイメージしていた大阪湾はもっと汚い海。泳いだり潜ったりできるとは思っていませんでした。でも、実際に潜ってみると、想像よりも汚くなかったことも驚きでした。

もっとも、30〜40年前、コンクリート護岸が少なく、水質汚染が始まっていなかったころは、浅瀬の砂地が広がり、アマモも群生していたのでしょう。アマモに興味を持った僕は、専門学校の卒業研究のテーマにしました。調べると、大阪湾近郊に残る自然のアマモ場は、須磨以西と泉南地域、淡路島などわずかだけ。だから、アマモ移植活動は意義深いと思います。

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寒いが「楽しい」アマモ移植
▲冬の大阪湾に潜ってアマモ移植

アマモにかかわり出して3年目になります。ペットボトルなどの容器に、海水と砂、アマモの種子約20粒を入れて発芽させ、移植可能な15〜20センチに育てる「アマモ育苗セット」。これを使って、自分でもアマモを育てましたが、白い針金のような目が1本発芽した時など、「お〜、お前。お前を待ってたんだぞ」とかわいくてかわいくて。毎日少しずつ育っていく様子を、自分の子どものように見守りましたね。

市民グループの人たちが11月ごろから育苗したアマモは、2月ごろに移植可能となり、その後が僕らの出番。“育ての親”から託された苗を持って、「行ってきま〜す」と海中に向かい、苗を一つずつ手植えするんですが、冬の海は濁っているし、冷たい。スウエットスーツを着ていてもぶるぶる震えるほど寒い。

正直に言うと、毎回、潜るまでは気が重いんです。ところが、いざ移植作業を始めると、一転して「楽しい」という感覚に変わる。手植えは素手でするので、指先がかじかんで、感覚がなくなってしまうほどなんですが、それでも楽しい。なぜか。これまで汚れる一方だった歴史を変える一歩を踏み出した、その現場に自分がいるという自覚と、一緒に移植しているダイバーたちの笑顔でしょうか。

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アマモを媒介に「海の環境」をレクチャー
▲興味津々に話を聞く小学生たち

CANからの声かかりで、この前、小学校に環境学習を教えに行きました。「大阪湾はどんなイメージ?」と聞くと、小学生たちは「汚い」「泳ぎたくない」と口をそろえる。「なんで汚いのだろう?」と突っ込むと、「トイレの水が流れているから」「ゴミがいっぱいだから」という返事が返ってくる。「きれいにするのはどうしたらいいと思う?」の質問には「ゴミを拾ったらいい」「生活排水を流すのをやめたらいい」と。「人口を減らしたらいい」と言った子もいました。ある意味、言い得ていますよね。

▲海水の美しさと魚は密接な関係

そこで、僕はアマモの話をし、育苗キットを見せて、「みんな、お家でアマモを育てて、それを海に移植しよう。そのアマモが海の中で大きくなると、海の水が少しずつきれいになり、お魚が戻ってくるんだよ」と伝える。みんな「なるほど」と聞いてくれる・・・。

初めてダイビングした時に「この感動を多くの人に伝えたい」と思ったあの気持ちを、アマモの話を媒介に、少しずつ伝えられているのかな、とうれしいですね。小学生たちが大人になるころ、大阪湾が今よりもきれいになっていてほしい。そんな気持ちでいっぱいです。


横田渉(よこた・わたる)
1985年、香川県生まれ。大阪コミュニケーションアート専門学校在学時にダイビングを始め、海の環境に興味を持つ。目下は、プロダイバーを目指す傍ら、CAN活動に参加している。

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