水辺からはじまる、森から広がる、豊かな湖づくり

今シーズンのビワズ通信は、人と湖と魚たちとの関係を取り戻し、より豊かな湖をつくろうとする地域の活動を紹介します。
夏号では、ニゴロブナを守るために、人工的にふ化させた魚を放流する事業や、漁業者が中心となって、山に植樹し、湖の水環境を向上させようという「漁民の森づくり」の取り組みなど、琵琶湖の漁業に携わる方々の活動や湖への想いをご紹介します。

水辺から始まる、森から広がる、豊かな湖づくり

田植えの終わった田んぼにニゴロブナを放流する子どもたち
田植えの終わった田んぼにニゴロブナを放流する子どもたち

フナの放流による豊かな湖づくり

琵琶湖の固有種であり、フナズシの食材としても使われ、滋賀の食文化とも深い関わりをもつニゴロブナは、近年、急激に減少しています。そこで、ニゴロブナの卵を人の手で守りながらふ化させ、湖などに放流する取り組みが行われています。財団法人滋賀県水産振興協会琵琶湖栽培漁業センターの中新井隆主査にお話をうかがいました。

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中新井さん(右)と水田放流に協力する漁業組合の永田さん(左)

「私たちが行っている事業は、ニゴロブナの成魚を飼育池で飼い、人工産卵藻に産みつけられた卵を水槽でふ化させ、一定の大きさに育った稚魚を琵琶湖に放流するというものです。つまり、自然界で最もリスクの大きい卵から稚魚に成育する期間を人間の手によって安全に管理し、そして、琵琶湖に返すのです。種から作物を育てることになぞらえて、放流する稚魚を種苗と呼び、卵から育てることを栽培と呼びます」。

まるで湖上の農業のようですが、できるだけ天然に近い稚魚を放流するために、中新井さんたちが努めていることがあります。

「飼育池の中で飼っている成魚を親に、何代にもわたって卵をとると、天然のニゴロブナと遺伝的にかけはなれてしまいます。そのため、放流する種苗の元になる親には、すべて湖で獲った天然のものを用い、さらに、2年おきに新しい天然の親を導入しています。当センターでは、ニゴロブナについては、飼育池や湖に浮かべたイカダに生け簀を作り、そこで約12センチまで育てた種苗を主に湖へ放流しています。この大きさまで成育すると外来魚に食べられる確率が大幅に軽減されます。また、4年前からは、ふ化後2〜3日の魚の赤ちゃんを田んぼに放流する取り組みもスタートしました」。

このような事業によって、近年では琵琶湖におけるニゴロブナの漁獲量の約6〜7割が放流魚であることが調査によって分かり、減少にも歯止めがかかっています。

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人工産卵藻に産みつけられたニゴロブナの卵
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親魚育成用の水槽が並ぶ琵琶湖栽培漁業センター

自然の大切さを伝える田んぼへの放流

田んぼへの放流は、ニゴロブナが河川や水路を上って田んぼで産卵し、そこでふ化した魚が琵琶湖に下るという生態を利用したものです。

「人工的な飼育池や湖上イカダには広さに限りがあるため、一定以上の種苗を育てることができません。しかし、琵琶湖の周りの田んぼを活用すると、よりたくさんの魚を育てることができます。一反(約991・7平方メートル)の田んぼに約3万尾の魚を放流しますが、飼育池では約2ヶ月かかって2センチに成育するのに対して、田んぼでは半分の約1ヶ月間で成長します。その理由は、魚の生息密度が低く、自然に発生した豊富なプランクトンをエサに育つからです。田んぼに放流された魚の赤ちゃんは約1ヶ月間をそこで過ごすと、やがて、水路などから琵琶湖へと流下していきます」。

4年前に約140反の田んぼから始められた放流は、今春は約600反で実施されました。

「漁業協同組合を通して、約7割を農業にも従事する漁業者の田んぼに放流し、管理をお願いしています。ニゴロブナを自分たちの田んぼで育てることによって貴重な水産資源を守り、増やそうという意識の高まりにもつながります。また、近年は、水環境保全の観点から農業関係者や市町村からも協力の申し入れが増えています」。

さらに、田んぼへの放流を総合学習の一環として採り入れる小学校や地域の子供会も年々、多くなっています。

「放流を通じて、田んぼはお米を育てるだけでなく、魚をはじめ、さまざまな生き物の生活の場でもあることを実感できると好評です。また、魚が田んぼにそ上し、産卵することが琵琶湖をとりまく環境の本来の姿であることを理解することも大きな意味をもっています。生命の大切さとともに、人と自然の共生によって初めて、豊かな琵琶湖が存続できることを子どもたちが学んでくれることがなによりです」。

総合学習の一環として放流に参加した高島市立本庄小学校のみなさん
総合学習の一環として放流に参加した高島市立本庄小学校のみなさん

樹を育て、琵琶湖を守る「漁民の森づくり」事業

現在、日本全国では、森と海の結びつきに注目し、漁場環境保全の立場から漁業者が山に樹を植え、森を育てる「漁民の森づくり」の取り組みが実施されています。昨年からは、滋賀県でも漁業協同組合連合会が中心となって、琵琶湖周辺の山地に森をつくる事業が始まりました。滋賀県漁業協同組合連合会総務部の横川正己部長にこの取り組みについてうかがいました。

「琵琶湖では淡水域には珍しく、さまざまな魚種を対象に、古くから数多くの漁法による漁が行われてきました。そのことは、琵琶湖が広大で豊かだった証でもあります。そして、そのかけがえのない琵琶湖を守ろうと、漁業者が立ち上がり、漁民の森づくりをスタートしました。海と同様に湖もまた、流入河川の上流部の森林によって守られています。すなわち、手入れされた森では木々がしっかりと根を張り、土砂の流出を防ぎ、河川の汚濁を食い止めます。また、広葉樹林では、落ち葉などが腐葉土となって積み重なり、地表に降った雨水は、ゆっくりと地中に浸透します。そして、長い年月をかけて地下水になったり、河川の水としてやがて琵琶湖に流れ込みます。このようにして生まれた水は、養分をたっぷりと含み、プランクトンを育て、魚や生き物たちにエサを供給します」。

湖で漁をする漁業者のみなさんが、山に樹を植える活動は、意外なようですが、大きな視野でみると、とても密接な結びつきをもった取り組みなのです。

野洲市大篠原に立つ「漁民の森」のプラカード
野洲市大篠原に立つ「漁民の森」のプラカード

森から水辺までを見つめた湖づくり

「昨年の10月には、事業の第一歩として、湖西の高島市朽木柏のグリーンパーク思い出の森に、コナラやクリ、コブシ、モミジ等の苗木約120本を植樹。さらに、今年の2月には、湖東の野洲市大篠原にある約1000平方メートルの保安林区域を地元の2つの森林組合に提供していただき、約170本を植えました。この植樹は、各種団体や野洲市の協力によって、ひとつのイベントとして開催し、漁業関係者のみならず地域住民の方々や子供会のみなさまにもご参加いただきました。植樹の後は、しいたけの菌打ちなどのアトラクションも実施され、大きな盛り上がりをみせました」。

豊かな琵琶湖の将来を願って植樹する漁業者
豊かな琵琶湖の将来を願って植樹する漁業者

漁民の森づくり事業は、始まったばかりですが、連合会では、今後も植林を続け、多くの人に、湖や湖岸はもとより、上流の山地にいたるまで、琵琶湖流域の環境保全が大切であることを訴えようとしています。

「いま、琵琶湖の漁業は、さまざまな開発や外来魚の食害によって、これまでにない苦境に立たされています。そのような状況の中で、漁業者が協力しあい、漁民の森づくりの取り組みを始めたのは、何代にもわたって従事してきた琵琶湖での漁をいつまでも続けたい、漁場として危機的な状態にある琵琶湖の姿をこれ以上、黙って見ていられないという想いからです。この事業は、10年、20年という短期間では決して成果の出る取り組みではありませんが、子や孫やひ孫の世代までを見据えた環境保全が、今こそ必要であることを、ひとりでも多くの方にご理解いただくために、これからも地域と一体となって森づくりを続けていきたいと考えます」。

琵琶湖の水辺から、そして上流の森から、将来に向けた湖づくりが積極的に進められています。いま、私たちひとり一人が、その取り組みの意味をじっくりと考えることが、明日の琵琶湖を守ることにつながります。

豊かな琵琶湖の将来を願って植樹する漁業者
豊かな琵琶湖の将来を願って植樹する漁業者


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