みんなの水を考える。

昭和55年、滋賀県が施行した「びわ湖条例」がきっかけとなって、県内はもとより日本全国から有リン合成洗剤が姿を消しました。あれから21年の歳月が過ぎ、合成洗剤はどのように進化したのでしょうか。はたして合成洗剤を使うことは、今日でもいけないことなのでしょうか。せっけん運動や水質研究にたずさわってこられた方や滋賀県に取材し、現状を探ってみました。

今回の特集で、まず最初にお伝えするのは、すでに4年前に合成洗剤とせっけん(洗濯用および台所用洗剤)の生分解度を比較したリポートが東京都消費生活総合センターによって公表されていたことです。生分解とは、微生物によって水中の有機物を酸化し、分解することを指し、その分解のしやすさを生分解度といいますが、このリポートによると合成洗剤とせっけんの生分解度はあまり変わらず、商品によっては合成洗剤の方が勝っているものもあるという内容でした。

そこで、長年、せっけん運動に取り組み、現在も「びわ湖会議」事務局長をつとめる林美津子さんにお話をうかがいました。

林 美津子さん
「びわこ会議」事務局長
林 美津子さん

おぼえていますか、せっけん運動。

「びわこ会議」とは、23年前に結成された「びわ湖を守る粉石けん使用推進県民運動」県連絡会議の今日の名称です。昭和52年、琵琶湖で起きた赤潮の大発生をきっかけに、その原因のひとつである家庭用有リン合成洗剤の使用を粉せっけんに切り替える運動が多くの人々の共感を得て大きなうねりとなりました。そして、昭和55年には全国に先がけて、有リン合成洗剤の販売・使用・贈答を禁じた「滋賀県琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例(びわ湖条例)」が滋賀県によって施行されました。

せっけんだけにとらわれない広い視点を。

−さて、林さんは今日の合成洗剤をどのように見ておられるのでしょうか。

「洗剤メーカーも、びわ湖条例が施行されてから必死になって研究を重ねたようですね。水質にあたえる影響という点では、合成洗剤もせっけんとならぶところまでこぎつけたという印象です。ただし、健康への影響という点では、まだまだ解明されていない部分がありますから、私としては自然の脂肪酸から作られ、昔から使われつづけているせっけんの方が安全だと思います」。

−「びわこ会議」としては、どのようなスタンスで運動をつづけていかれるのでしょうか。

「運動の出発点であるせっけんの使用をすすめながら、今後はその使用量を減らすことを呼びかけたいと考えています。今の洗濯物は昔ほどドロドロによごれていませんから、標準使用量の約80パーセントに減らしても洗い上がりはほとんど変わらないんですよ。また、この数年で琵琶湖に影響をおよぼす環境問題がずいぶん広がり、今はもうせっけんさえ使っていればそれでいいという時代ではないし、せっけん運動も琵琶湖を守る活動の一つの手段に過ぎません。これからはもっと幅広く勉強し、暮らし全体を見つめ直すことに努力したいと考えています」。

それでは、水質の専門家は合成洗剤をどのようにとらえているのか。 龍谷大学の理工学部教授で物質化学科工学博士の竺文彦先生にお話をうかがいました。

竺 文彦さん
龍谷大学・理工学部教授
竺 文彦さん

有リン合成洗剤はなぜいけないのか。

「最初に水の汚れについてお話します。水は本来、無色透明ですから透明度は汚れの大きな目安になります。そして、目に見える汚れとしてはプランクトンなどの水中の浮遊物があげられます。これを汚れの指標では“SS”と呼びます。ここで大切なことは、透明度が高くても、いろんな汚れや有害物質が水に溶けている場合があることです。さらに、“BOD”や“COD”といわれる水中の有機物があります。有機物とは炭素の化合物で、たとえばごはんのように人間にとっては食べ物でも、水の中ではバクテリアが繁殖し、汚れとなるものです」。

−昭和50年代に富栄養化がクローズアップされるようになると、汚れの分類も変わってきたんでしょうね。

「そうです。以前は汚れの中に含まれていなかった肥料成分の窒素(N)やリン(P)などがプランクトンのエサになり、異常発生を招いて汚れやにおいの原因となることが分かってきました。このような水の汚れを分類すると“SS”や“BOD”などの目に見える汚れ、肥料成分の“N・P”、さらに有害物質や毒物などの3つに大別されます」。

−洗剤の汚れはどのような位置づけとなるのでしょうか。

「水に溶けると透明だし、変な浮遊物もない。ところが有リン合成洗剤の場合は、それを使った家庭排水に含まれるリンが琵琶湖に大量に流れ込み、プランクトンが異常発生し、赤潮の原因のひとつとなるわけです。これがびわこ条例で規制された有リン合成洗剤の問題点ですね」。

−健康への影響はだいじょうぶ?

「ここで大事なことは有リン合成洗剤がもたらしたリンによる環境への影響と、合成洗剤そのものによる人体への影響は全く別の問題ということです。健康面については、やはり合成洗剤が石油から作られている分、自然系のせっけんと比較するとアレルギーや手あれなどの可能性が考えられます。しかし、すべての人の皮膚を荒らすわけでないから、これまでは使う人の体質や考えに合わせて選べば良いだろうということだったわけです。ただ、ここ数年の間に分析技術が急速に進歩し、これまでとは比較にならないほど微細な世界まで分析できるようになり、さまざまな分野であらたなことが分かり始めてきました。たとえば、そのひとつに環境ホルモンがあります。はたして環境ホルモンがどのような物質で、人体にどんな影響を及ぼすかはまだあまり解明されていませんが、イギリスでは羊毛工場で使用されていた工業用合成洗剤が下水処理場で分解され、環境ホルモンとして魚に影響を与えていることから、今後は、このような点からも研究が進んでいくことでしょう」。

ミクロキスティス
アオコの原因となる
ミクロキスティス
ウログレナ・アメリカーナ
淡水赤潮の原因となる
ウログレナ・アメリカーナ

最後に、滋賀県の考え方をエコライフ推進課にうかがいました。

何を使うかより、どう使うのか。

自然循環という観点から考えると天然油脂からできているせっけんの方が、より環境にやさしいため、滋賀県としては現在もせっけん使用推進運動の応援をしています。ただし、合成洗剤とは、せっけん以外の界面活性剤の総称であって、生分解性にすぐれたものもあれば、分解しにくいものもあるし、天然油脂を使ったものや石油だけから作られているものもあります。したがって、せっけんを使いさえすればよく、合成洗剤は絶対にダメと結論づけることはとてもむずかしくなっています。むしろ、滋賀県では人口が急増し、県民の暮らしも急激に変化していますから、一人当たりが出す汚れの量や洗濯の回数、洗剤の使い方が大きな問題となっています。

「びわ湖条例」で、琵琶湖のリンは減った?

「びわ湖条例」施行の昭和55年以降、琵琶湖のリンは減少し、とくに南湖では大幅に減っています。一方、滋賀県の人口はこの30年間で約1.5倍に膨れ上がっていることを考え合わせると、条例が大きな効果をもたらしたことが分かります。それでも毎年、赤潮やアオコが発生し問題になっているのは、現在も多量の窒素やリンが琵琶湖に流れ込んでいることが原因のひとつといえます。リンについては1日に1.36トンが流入し、その約40パーセントが家庭から出されています。これからも、ひとりひとりがムダをなくし、ゴミや汚れを出さない暮らしに取り組むことが大切です。

全リン(T-P)の経年変化と滋賀県の人口推移
全リン(T-P)の経年変化と滋賀県の人口推移
琵琶湖に流入する汚濁負荷量の割合
琵琶湖に流入する汚濁負荷量の割合
(平成7・1995年度実績)
出典/淡海の環境のてびき 2001

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