琵琶湖の魚は、雨の翌日に卵を産むって、ほんとうですか?

治水、利水を目的に瀬田川に洗堰が築造されて今年で100年を迎えます。
現在も2代目となる瀬田川洗堰が、琵琶湖・淀川流域の暮らしを守るために、瀬田川の流量を調節し、今日も琵琶湖の水位をコントロールしています。今シーズンのビワズ通信は、この琵琶湖の水位が私たちの暮らしや水辺の生き物にどのような影響をもたらすかについて考えます。

琵琶湖の魚は、雨の翌日に卵を産むって、ほんとうですか?

昔から琵琶湖に棲む魚は、雨が降った翌日、水位の上昇した水辺に卵を産むといわれますが、果たして、これは真実でしょうか。今回は“魚の産卵と水位”について検証してみましょう。まずはじめに、琵琶湖の水位と魚の生態について詳しい滋賀県琵琶湖・環境科学研究センターの総括研究員で理学博士の西野麻知子先生にお話をうかがいました。

必ず雨の翌日に産卵するコイ科の魚たち。

西野先生
日頃は内湖での調査活動が多いという西野先生

「琵琶湖にはさまざまな種類の魚が棲んでいます。その中でも琵琶湖にしかいない固有種は12種。そのうちの7種が、ゲンゴロウブナ、ニゴロブナ、ホンモロコなど、コイ科の魚です。

琵琶湖に数多く生息するコイやフナは、たしかに雨が降ったあとに水際のヨシなどに産卵します。しかし、雨のあとに必ず、卵を産むかというとそうとは限りません。真冬にいくらたくさん雨が降っても産卵する魚がいないことからも分かるように、4月から8月の産卵期において雨がひとつの刺激や合図となり、水温や水の濁りなど、いくつかの条件が重なった時に卵を産むと考えられます。」

それでは、雨が何の予兆となって魚は一斉に産卵するのでしょうか。

コイ科の魚の卵
水草に産みつけられたコイ科の魚の卵
産卵と琵琶湖の水位の関係
平成16年 フナ類の産卵と琵琶湖の水位の関係(琵琶湖河川事務所資料より)

水位の上昇で生まれる格好の産卵場所。

「それは、雨が水位上昇と大きな関係があるからです。コイやフナは水位が上がると、新しく水に浸かったヨシや水草などに卵を産みつけます。その理由のひとつは、水際でもつねに水に浸かっている場所には、すでにいろんな魚が棲んでいて、それらに卵を食べられる危険性があるからです。従って、水と陸との境界で、しかも大雨による増水で、新たに浸水した場所を中心に産卵するのです。また、このようなところは土の中から養分が出て、エサとなるプランクトンが発生しやすい場所でもあります。

言い換えると、大雨が降って水位が上がり、さらに、新しく水に浸かった場所が出現することで大量に産卵が行われるのです。ところが、近年は内湖やヨシ帯が減ったことや、洪水を防ぐために行われる水位調節によって、産卵に必要なかずかずの条件が次第に整わなくなっています。」

生命の神秘を伝える魚たちの産卵行動。

毎日の暮らしの中で琵琶湖の魚の生態を見つめ続けてきた朝日漁協(滋賀県東浅井郡)の松岡正富さんにも産卵について話していただきました。

「魚たちは、もって生まれた本能のようなもので、雨によって水かさが増えることを察知するのでしょう。不思議ですが、岸に近づいてある時間を待っている。そして、水位が上がってヨシの茎が水に浸かると、待ちかまえてそこに卵を産みつける。ずっと水中にあった茎にはコケ状のものが生えているけれど、水に入ったばかりの茎には、コイやフナなどの粘着性のある卵がとても着きやすいのです。そして、一番大事なことは、新しく浸かったところは、新鮮な水が満ち、さらに水深も浅いために水温が上がりやすく、通常はふ化に3日かかるものが2日半くらいでかえる。

朝方の4時頃から夜が明ける頃に水辺に行くと、カエルが跳ねているのかと思うくらい、魚がバチャバチャと暴れて産卵するようすを見ることができます。」

松岡さん
琵琶湖の窮状を知ると出漁できないと語る松岡さん

人智も及ばない大いなる自然の領域。

松岡さんは、長年にわたって魚たちの産卵風景を観察し、壮絶な自然のドラマを目の当たりにしてきました。

「産卵が終わると、その卵を狙ってエビがやって来る。ハゼの仲間も来るし、ブルーギルやザリガニも現れる。みんな食うか食われるかです。だから、その中で生き残っていく確率というのは、驚くほど低いものです。しかし、それこそが自然です。水位の上下によって敏感に変化するこの場所は、人間がつくったものでは決して代替えすることのできない、かけがえのない領域なのです。

たとえば、ヨシを植えて魚の産卵場所を確保しようとする。しかし、大切なことはヨシを植えることではなく、ヨシがしっかりと根を生やし、成長し、その周りに稚魚のエサとなるミジンコやワムシが発生する、そんな環境のすべてを整えることだと思います。」

琵琶湖畔
水位の上昇で魚たちの格好の産卵場となる琵琶湖畔

松岡さんは、洗堰の操作によって生じる水位の急激な変化についても魚の産卵に大きな影響があると感じています。

「雨が降り、それによって水位の上昇を察知した魚が、浸水したヨシに卵を産みつける。ところが、梅雨や台風に備えて、上昇した水位を下げるために洗堰から一気に水を放流すると、一夜にして水際が後退し、ヨシが大気にさらされる。その結果、卵が干上がって死んでしまうのです。10センチの水位操作といっても、それは湖岸では水際が何メートルも後退することになり、その影響は魚の産卵に大きな影響をもたらすこととなります。

昨年から瀬田川洗堰では、このような魚の産卵への影響に配慮して、より緩やかに水位を下げる試みをスタートしています。試行は始まったばかりですが、何万年という歳月を生き延び、琵琶湖とともに歩んできた魚たちですから、人間が彼らの気持ちになって、少しずつ歩み寄ることで、必ず復活してくれると私は信じています。」

琵琶湖の水位とヨシ帯の変化(針江地区) B.S.L.=琵琶湖基準水位
平成16年5月23日
平成16年5月23日(B.S.L.)+15cm
→ 平成16年6月17日
平成16年6月17日(B.S.L.)−16cm

瀬田川洗堰による水位操作の新たな取り組み

瀬田川洗堰は平成4年に制定された操作規則によって、洪水の起こりやすい季節までにあらかじめ琵琶湖の水位を下げることになっています。しかし、この時期は、琵琶湖の水辺や内湖のヨシ帯で行われるフナやコイなどの産卵期と重なり、急激な水位の低下が産卵・生育に影響をおよぼすことが心配されています。琵琶湖河川事務所では、急激な水位低下を避けるため水位の下げ幅をできるだけ抑えたり、雨によって水位が上昇したときも、出水に注意しながらおよそ1週間水位を保った後に目標とする水位までゆるやかに低下させるなど、フナやコイなどのふ化・生育環境をまもるための洗堰操作を試験的に行っています。

グラフ


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