琵琶湖の水は、だれのためのもの?

治水、利水を目的に瀬田川に洗堰が築造されて今年で100年を迎えます。
現在も2代目となる瀬田川洗堰が、琵琶湖・淀川流域の暮らしを守るために、瀬田川の流量を調節し、今日も琵琶湖の水位をコントロールしています。今号のビワズ通信では、私たちの暮らしや自然の生態系を支える琵琶湖の水の大切さをもう一度学ぶとともに、普段の暮らしの中で心がけたい、水の使い方について考えます。

琵琶湖の水は、だれのためのもの?

毎日の生活の中で、私たちが何気なく使っている琵琶湖の水。でも、その水は、果たしてだれのためのものでしょう? 水不足が心配される今年の夏こそ、もう一度、水の大切さについて考えることは、これからの暮らしに大きな意味を持っています。今回は、水と人のかかわりについて長年にわたって研究しつづけている京都精華大学人文学部環境社会学科教授の嘉田由紀子先生にお話をうかがいました。嘉田先生は、琵琶湖をめぐる歴史や自然、文化を多くの人々に伝えるために、琵琶湖博物館の開設準備に参加し、現在も研究顧問として活躍されています。

流れる水への信頼感と、水をめぐる地域の絆。

石田さん
人と琵琶湖の距離を少しでも近づけたいと語る嘉田先生。

「かつての日本人、とくに水との関わりの深い琵琶湖周辺の人々には、“流れる水への信頼”がありました。川の水は、口に含み、飲むことはもちろん、野菜を洗ったり洗濯にも使う。衛生的な清めだけでなく、精神的な清めにも活用していました。そういう水への信頼を持っているからこそ、川や湖の魚を大切にし、大事に食べる文化が生まれました。しかも、生のままお造りとしていただく。これは、その魚が棲む水域への大きな信頼の証です。また、川の水を生活に使う場合にも、上下流に住む人々の間に強い信頼関係がありました。上流の人は、絶対に水を汚さないという信頼感。村の中では、隣り合う1軒1軒が上流、下流の関係となりますから、共同体としての絆がしっかりと根付く。もし、水を汚せば、それは自分たちに還り、食も暮らしもすべてを失うことを、昔の人々は充分に承知していたのです。ここで、私たちが気づかなければならないのは、このような自然の仕組みは、今も何ひとつ変わっていないということです。

蛇口の向こうに琵琶湖がある。

「私たちの暮らしが大きく変化したのに、自然の仕組みの基本は変わっていない。そのことを自覚することが、琵琶湖の水がだれのためのものかを解き明かす大きな鍵です。琵琶湖・淀川水系の水を使っている近畿の1700万人の人々は、まさに琵琶湖共同体。スケールこそ違え、同じ川の水を使って暮らしてきた村の人たちと全く同じ関係です。しかも、その水の中には太古から生きてきた魚やさまざまな生き物も棲んでいるのです。ある時、朽木の古屋という村落を訪ねたことがあります。そこに暮らすひとりのおばあちゃんは、山の水を使って台所仕事をしていましたが、汚れた水は、こまめに溜めて決して川には流しませんでした。

そこまで大切に水を使う理由を聞くと、おばあちゃんは、『この水は琵琶湖に流れ、やがて京都に住む息子のところへ行く。子どもや孫たちの口に入るその水をここで汚すわけにはいかない。』と話してくれました。私はその言葉にとても感激しました。京都や大阪で働いたり、暮らしたりしている家族や親戚のことを思い浮かべることで、水にうめこまれた人と人のつながりが実感として理解できるのです。私たち一人ひとりが、つねに水がどこから来て、どこへ流れていくのかを考えることが重要です。琵琶湖の水は、もちろん、だれのものでもなく、私たちみんなのもの。

そして、人間だけでなく、琵琶湖や淀川に棲む多くの生き物もまた、同じ水を生命の水としていることを忘れないようにしたいですね。」

新旭町針江地区のかばたのようす
琵琶湖周辺には今も水と人の密接なかかわりが残っています。
(写真は新旭町針江地区のかばたのようす)

生き物が安心して暮らせる環境づくり。

琵琶湖の水は、さまざまな魚や生き物にとって、私たち人間が吸う空気と同じように生命に不可欠な存在です。したがって、渇水や水の使いすぎなどによって琵琶湖の水位が下がると、水際に産みつけられた卵が干上がったり、ふ化した仔魚が、琵琶湖と分断された浅瀬に取り残され、生き物の生活に深刻な影響を与えます。

昨年の秋、琵琶湖河川事務所と水資源機構は、北湖西岸の高島市新旭町針江地区において、地元の子どもたちや漁業関係者、学識経験者の方々とともに、フナなどの仔魚がヨシ帯奥地に取り残されないように、琵琶湖へ泳ぎ出すための水路を掘る取り組みを行いました。

腰までぬかるみに入って泥や木の根を取り除く作業は厳しいものでしたが、参加者からは異口同音に、自然のために行動することの大切さや充実感が語られ、この取り組みは、さまざまな人たちが意見を述べ合い、互いの理解を深める場となりました。

安曇川河口付近
平成6年の渇水により水位が下がり、
前浜が広がった安曇川河口付近。
作業風景
魚の気持ちになって、を合い言葉に作業に集中。

バイパス水路によるきめ細かな流量調節。

瀬田川洗堰は、琵琶湖から流れ出る流量を調節し、治水や利水に大きな役割を果たしています。とくに、水需要の高まる夏場には放流量を最小限にして、湖の水位低下を抑える必要があります。しかし、洗堰の本堰は、水位が低下すると正確な流量の調節ができませんでした。

そこで、平成4年には渇水時に水位が下がっても、正確な水の量を流せるように本堰の横にバイパス水路を設けました。このバイパス水路は、琵琶湖からの流量を毎秒1m³単位で調節できるため、きめ細かな操作で水をムダに流すことなく、湖の水位を保つためにもしっかりと機能しています。

平成4年に本堰の横に完成したバイパス水路。
平成4年に本堰の横に完成したバイパス水路。

水を大切に使って、琵琶湖の生き物も守ろう。

私たちが、毎日、暮らしの中で使っている水の量を節約することで、琵琶湖の水位低下を抑え、魚や生き物たちの生命を守る事ができます。この夏からは、琵琶湖に棲む多くの生き物に想いを寄せ、水を大切に使いましょう。

暮らしの中の節水。

●歯みがきのとき、水を出しっぱなしにしない。
水道からは1秒間で100cc、2分間にすると12リットルの水が流れます。コップを使うなどで歯みがきの水を半分に減らすと、1人1日6リットルの節水となります。
●シャワーのとき、お湯を出しっぱなしにせず、短時間ですませる。
秒間に200ccのお湯を使うと5分間で60リットルが必要となります。シャワーを30秒短くすると、1人1日6リットルの節水です。
●水洗トイレは、流す水量を少なくする。
水洗トイレでは、大便1回8リットル、小便1回6リットルの水が流れます。タンクに1リットルのペットボトルを入れ、1回に流れる水量を減らすと、1人1日6リットルの節水です。

琵琶湖・淀川水系の水を使う近畿の1700万人が、この3つのことを1年間続けるだけで、琵琶湖の水位の16.5cm分となります。

暮らしの中の節水

環境の目、土木の目。

水と人このコラムは、琵琶湖・淀川流域で水辺の環境保全のために活躍するさまざまな分野の方に、お話をうかがう新コーナーです。
第1回は、WWFジャパン自然保護室淡水生態系担当、ならびに滋賀県立琵琶湖博物館特別研究員の水野敏明先生にご登場いただきます。水野先生は、自然観察会を通して、地域のさまざまな世代の人たちに魚と接する楽しさを体験してもらいながら、その成果を調査票にまとめ、環境保全に役立てる「琵琶湖お魚ネットワーク」の中心的存在です。

水野敏明先生
水野敏明先生
自然観察会の様子
自然観察会の様子

「私は、大学院生の時に世界最大の民間自然保護団体であるWWFに職員として採用されましたが、実は専攻は社会工学という、いわば土木系の学問でした。それが、なぜ環境の分野に興味を抱くようになったかというと、ある時、川原で鮮やかに投網を打つ人の姿に感動したことがひとつのきっかけでした。以前から農業水路と魚の関係を研究していましたが、投網の面白さに出会ってからは一気に水辺の自然に魅せられて、淡水魚の世界にのめり込んでいきました」。

水野先生は、環境と土木という2つの分野を専門にすることで、それぞれの立場の人たちの気持ちに大きな共通点があることに気づかれたと言います。

「生態学の研究者は、生き物に対して、愛おしいまでの想いを持っています。まさに生き物への愛情が、環境保全へのひとつの原動力となっている。そして、その熱い想いは、土木に携わる人たちの建設への想いに通じるものだと私は気づいたのです。自らが設計した構造物が竣工した時の誇りと愛着は、まさに自然を研究する人たちの生き物への愛情に通じるものだと思います。私は、環境と土木の2つの分野で働く人たちが、そのようなお互いの熱意を理解し合うことで、これからの事業のあり方が自然環境に配慮したものへと大きく変わっていくと信じています」。

このように水野先生は、土木と環境の2つの視点から今後の環境保全のあり方について熱く語られました。

「琵琶湖お魚ネットワーク」に関するお問い合わせは、
琵琶湖博物館うおの会 電話077-568-4832 E-mail:uonokai@lbm.go.jp


もどる進む