琵琶湖の魚を、田んぼに呼びもどそう

時代の移り変わりとともに、琵琶湖を取りまく環境は大きく変化しました。経済の成長や快適な暮らしをめざす社会の動きは、その一方で、琵琶湖に多大な負荷をもたらすものでした。しかし、今、かつての豊かな自然を取り戻そうと、さまざまな分野で新たな取り組みが始まっています。平成18年度のビワズ通信は、各地で広がりをみせる環境保全に向けた活動を特集し、人々の自然への想いを伝えます。

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自然観察会のようす 自然観察会のようす

みずすまし水田での自然観察会のようす。
子供も、大人も、水に触れ、魚とたわむれながら、自然の大切さを心の中に刻みます。

昔はつながっていた琵琶湖と田んぼ

昭和30年代まで、琵琶湖は内湖や田んぼとつながり、昔から琵琶湖に棲んでいる魚の多くは、春先になると川や水路を遡上し、田んぼで産卵していました。ふ化した稚魚は、水温が高く、エサとなるプランクトンも豊富で、外敵から身を守りやすい田んぼで約1ヶ月半を過ごし、一定の大きさに育つと、再び川や水路をたどって琵琶湖へ帰るという生態を保っていました。しかし、人間の生活を豊かにする施設を整備したことなどにより、琵琶湖と田んぼの間を魚が往き来しにくくなったため、田んぼで産卵する魚の姿は次第に減っていきました。

休耕田
みずすまし水田プロジェクトの舞台となる休耕田。

『高島市うおじまプロジェクト』発足

かつての琵琶湖では、産卵のために湖岸に近づく魚の群れが、まるで島のように見えたことから、それを”うおじま“と呼んでいました。滋賀県高島市では、昔は普通に見られた、うおじまや田んぼでの産卵を復活させ、ニゴロブナやホンモロコを増やすことを目的に、行政と地域が一体となった『高島市うおじまプロジェクト』が注目を集めています。

『高島市うおじまプロジェクト』に参画する団体のひとつ、『高島地域みずすまし推進協議会』の副会長、上原和男さんにお話をうかがいました。

田んぼで産卵したスジシマドジョウ

「私たちは、昨年から『高島市うおじまプロジェクト』の中の取り組みとして、※休耕田を利用し、魚の産卵や成育のための環境を整えるとともに、魚道などを設け、魚を田んぼに呼びもどす『みずすまし水田プロジェクト』に取り組んでいます。昨年は、1年目にもかかわらず、5月初め頃からフナやドジョウなどが遡上し、田んぼに産みつけられた卵から数多くの稚魚が生まれました。また、その田んぼから琵琶湖に帰る魚の中に絶滅危惧種に指定されているスジシマドジョウが636尾も確認できるという貴重な成果も得ることができました」。

みずすまし水田入口に設けられた魚道
みずすまし水田入口に設けられた魚道
プロジェクトへの想いを語る上原さん
プロジェクトへの想いを語る上原さん

※ 休耕田:お米作りを一時的に休んでいる田んぼ

子どもたちの笑顔がまぶしい観察会

こども

『高島市うおじまプロジェクト』は、いくつもの取り組みから成り立っていますが、上原さんは、それによってさらに大きな効用がもたらされたと話します。「これまでにも、地域では環境保全に向けたさまざまな活動が行われてきましたが、国や県、市、さらには地元住民や農業・漁業関係者など、各々が独自に活動を進めていたために、それらが一体となって大きな成果を生むには至っていませんでした。

しかし、今回は、針江浜で3年前からコイやフナ、ホンモロコなどの産卵調査を重ねてきた国土交通省との情報交換をきっかけに、行政と地域が力を合わせてプロジェクトに取り組み、活動全体がより充実した内容となりました。さらに、プロジェクトを広くアピールするために、一般市民や子供たちを募って開催した『自然観察会』が、活動にもうひとつの意味をもたらしました。

お年寄りから子どもまで、世代を超えた地元の人々が自然に触れ、琵琶湖の素晴らしさをあらためて実感したのです。水辺で遊ぶ子供たちの姿もまた、貴重なものとなった今、全身を泥だらけにして魚つかみを体験することは、環境保全活動のたくましい原動力を培うこととなるでしょうし、彼らのまぶしい笑顔は、プロジェクトに携わる私たち全員のかけがえのない励みとなって、取り組みのさらなる広がりを支えてくれています」。

このような地道な活動を通し、人々の行動が、より大きな輪となった時、琵琶湖はかつての豊かさを取り戻すこととなるでしょう。

高島市うおじまプロジェクトマップ

これは「うおじま」を復活させることで、失われた琵琶湖の環境をとりもどす取り組みです。 まずは、この豊かな自然が今なお残る街、高島市からスタートしました。

下記マップの各番号をクリックしてください

高島市うおじまプロジェクトマップ

針江浜うおじまプロジェクト

魚の産卵や成育のために湖岸と琵琶湖をつなぐ水路や、ヨシを守る消波堤づくりなどに取り組んでいます。
国土交通省琵琶湖河川事務所、滋賀県、FLB琵琶湖環境ネットワークの協働

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みずすまし水田プロジェクト

お米づくりを一時的に休んでいる田んぼを利用して、魚たちが産卵・成育するための導水路や魚道づくりなどに取り組んでいます。
高島地域みずすまし推進協議会の取り組み

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深溝うおじまプロジェクト

魚の産卵や成育のために湖岸と琵琶湖をつなぐ水路づくりに取り組んでいます。(一部の区間は、取り組みにむけて検討中)
湖西漁業協同組合、国土交通省琵琶湖河川事務所の協働

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田んぼ池プロジェクト

湖岸堤の陸側の部分を活用して、魚たちが産卵・成育するための環境(ビオトープ)づくりの実験を行っています。
独立行政法人 水資源機構 琵琶湖開発総合管理所

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田んぼ池プロジェクト みずすまし水田プロジェクト 深溝うおじまプロジェクト 針江浜うおじまプロジェクト

「魚のゆりかご」復活をかけた取り組み

水と人今回は、『魚のゆりかご水田プロジェクト』の推進に努める滋賀県農政水産部農村振興課副主幹の田中茂穂さんにご登場いただきました。

田中 茂穂さん
田中 茂穂(たなか・しげほ)さん

「私が担当する『魚のゆりかご水田プロジェクト』は、琵琶湖をめぐるさまざまな環境の変化によって減少した田んぼでの魚の産卵を復活させ、その水田で育てた米を『魚のゆりかご水田米』として人にも魚にもやさしいお米をつくることを目的としています」。琵琶湖の周辺の田んぼは、農業の効率化を追求したほ場整備によって、湿田から畑に切り替えやすい乾田へと移行しました。その際、排水機能を高めるために、用水路と排水路を分け、排水路の深さを従来の水路よりも深くしたことが、魚が田んぼに遡上しにくくなったひとつの要因とされています。

魚道を勢いよく遡上するナマズ
魚道を勢いよく遡上するナマズ

「ゆりかご水田では、排水路堰上げ式水田魚道を新たに開発し、田んぼと排水路の水面差を約10センチに保つことで、魚を田んぼに上りやすくしました。これにより、水田での産卵が増えると、環境保全や自然にやさしい農業への関心も高まるはずです。さらに、『ゆりかご水田』に加え、減農薬低化学肥料の『環境こだわり米』を導入する農家が増加すれば、滋賀県の米づくりは大きく変わります。農業を通じた環境意識の向上とともに子供たちの環境学習の場も提供できるこのプロジェクトは、まさに人と魚と琵琶湖をつなぐ、新たな時代の米づくりといえるでしょう」。


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