洗堰(あらいぜき)とは、河川の水位が一定以上に達した際に、超えた水だけを流し込む施設です。 旧毛馬洗堰は、淀川改良工事において、河川の水位をコントロールすることで洪水の脅威から守り、大阪市内に流入する水量の遮断・調節を行うことを目的に築造されました。また、平常時の舟運と利水※の役割も担っていました。 明治37(1904)年に工事に着手し、明治43(1910)年に完成しました。 もともとは、10門並んでいましたが、そのうちの3門が現在も残されています。 1つの門が幅3.6m、高さ6.9mであり、門全体は、花崗岩(かこうがん)とレンガ造りで建設され、明治時代の技術がそのまま残っています。 当初、上部にトロッコを走らせ、人力でヒノキの角材を落として止水していました。 しかし、昭和36(1961)年に電動式ゲートに改良され、昭和39(1964)年には、自動制御が可能な遠方操作設備が導入されました。なお、毛馬水門の完成に伴い、昭和49(1974)年に稼働を終了しています。
※利水:生活、農業、工業などのために、川の水を利用すること。